青函トンネル建設工事を巡る、心霊現象奇譚

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34名にも及ぶ殉職者を出し、ようやく開通までこぎつけた。
さらには、暗く、暑く、狭い、さらに壁1枚隔てた向こう側からの出水に絶えず怯えねばならないという、心身を削るような過酷な環境での工事では、不思議な体験をする作業員は後を絶たなかったという。

作業員たちの間でささやかれ続けた、不可思議な事象について、紹介・検討していきたい。

目次

青函トンネル建設工事を巡る心霊現象

まずは青函トンネル工事中、開通前に語られた噂を紹介しよう。

壁の向こうから聞こえる異音

採掘の最前線。
本来であれば、ドリルなどの機械音とその場にいる作業員たちの声以外聞こえるはずはない。
万が一、掘り進めている壁の向こうから音や声が聞こえる可能性があるのだとすれば、それは北海道側からの掘削と本州側からの掘削が繋がるただ1度だけだ。

しかし、そのようなタイミングはまだ遠い状況下で、作業員たちが壁の向こうからノックするような音を聞いた、聞こえるはずのない声を聞いたという話は両手の指の数以上に聞く話だ。
なかには先に亡くなった作業員の声ではないか、このような人の手に余る工事を海の神は許さないのではないかと恐怖する者もいたとか。

謎の音や声を聞いたという話を頭から否定する気はないのだが、こうした音のほとんどは1日数時間にもわたって地上と異なる状況下で過酷な作業に心身を疲弊する中で、人々の話声や機械の音が折り重なり、偶然の壁の打音などを勘違いした幻聴に近いものだろう。

ただ、海底自体が未知なる場所。

トンネルなど掘られては困る、人知の及ばぬ海底に住む何かの声か、それともなにか霊的な存在か、そういった未確認なものを完全に否定できる根拠がないのもまた事実であろう。
科学的によくわかっていない音が、声が発生し、それを作業員が聞き取っていたとしてもおかしくはない。

消えた作業員

青函トンネル建設工事には、のべ1,200万人から1,400万人もの人々が従事したと言われている。
本坑掘削作業は本州側、北海道側から同時に進められており、1度に作業する人数も相当なものであっただろう。
特に現場作業員たちは作業のため、毎回地上から小さなトロッコにぎゅうぎゅう詰めで乗り込んで現場へと向かい、作業が終われば次の当番作業員たちと交代でトロッコに乗り込み地上に戻っていくという、工事現場への通勤さえもなかなかハードな状況だった。

そんな日々の作業の中でまことしやかに囁かれていたのが、作業員たちが1人、また1人と消えているという噂だ。

トンネル採掘工事は個人プレーではできない。
ある程度まとまった人数でチームを組んで作業にあたる。
同じチームで作業していた隣にいたはずの同僚が、作業中にもかかわらず忽然と姿を消してしまったというのだ。

さて、果たして本当にその作業員は消えてしまったのか?
真相のほどはわからないが、考えられるのは「勘違い」と「間違った伝言ゲーム」だ。
青函トンネル建設工事にあたって、建設初期は主に東北地方や北海道から漁師などが、工事が最盛期を迎えると日本全国から技術者たちが集められ、まさに日本総出での工事となった。

1960年代は作業員がドリルを手に掘り進めていたところ、1970年代後半には機械採掘がスタート。
それまで1日1m掘り進めれば上出来であったところを15m近くも採掘することが可能になった。
そのような作業の急激な変化の中で、人員の投入も急ピッチで進められようになる。

つまり、工事中は初めて会うような顔も多くいた可能性が高い。

明るいとは言えない海底トンネル、汗や土埃に汚れた状態でちょっとその場を離れれば、隣の人がどこへ行ったかなど気にしている暇もなかっただろう。
また、現在と違って勤怠管理をどこまで正確につけていたのかもわからない。

「最近見ないな」などと雑談しているうちに、噂に尾びれ胸びれ、背びれまでついて「作業員が消えたらしい」という話に転じたのが、つまるところではないだろうか。

作業員が消えた理由について、「人柱」にされたのではないかという恐ろしい噂まで語られるようになっていった。

噂は別トンネルとの混同?青函トンネル人柱伝説

現在でもたまにネット上などで見かけるのが、坑道で行方知れずになった作業員がいるという話から派生した青函トンネル人柱伝説だ。
そもそも人柱とは、大規模な土木工事の無事や災害への対策として、生身の人間を神への供物として土中や水底、工事によってできる建造物に埋め込み、生贄とすることで安泰を願うという凄惨な風習だ。

本当に人柱が組み込まれたのかは別として、最も有名と思われる人柱エピソードはイギリスの童謡、マザーグースの1つである「ロンドン橋おちた」だろう。
楽し気なメロディに反して子どもも口ずさむ童謡にしては、なかなか物騒なタイトルと歌詞であるこの曲。
曲の一説に「金と銀の橋では盗まれるから見張り番を置こう」という箇所がある。

この見張り番が、橋を造った際の人柱ではないかと考えられている。

また、最後につく「マイ・フェアレディ」についても諸説あるが、橋の完成と安全を祈願し橋の柱に埋め込まれた乙女なのではないかという見方もあり、人柱というものが正解的に広く知られた神への祈願方法だったことがうかがえる。

そして世紀の難工事とも言われた青函トンネル建設工事においても、この人柱という生贄行為が秘密裏に行われ、消えた作業員たちはトンネルの壁に人柱として埋められたのではないか、という話に繋がってくるのだ。

ただこの噂、どうやら北海道内にある常紋トンネルの人柱伝説と混同されているようなのだ。
常紋トンネルは遠軽町と北見市の間にある常紋峠にあるトンネルだ。

このトンネル工事にあたって、無理やり連れてこられて重労働を強いられた作業員たちが、最後には生きたままトンネルの壁に塗り込められたという、にわかには信じがたい怪談が当時の作業員や地元では言い伝えられてきた。

長らくただの怪談話だと思われていたこの常紋トンネル人柱伝説。
1968年に十勝沖地震が発生、1970年に行われたこの地震による改修工事の際に驚愕の事実が判明する。
なんとトンネルの壁内からの頭蓋骨を砕かれた直立不動の白骨死体が次々と発見されたのだ。
人柱というよりも、過酷な工事現場で日常的に振るわれていた暴力の結果を隠ぺいするのが大きな目的であったようだが、当時の人々にとってのインパクトはかなりのものであっただろうと想像できる。

常紋トンネル内で白骨死体が見つかった1970年は、青函トンネル工事も佳境に差し掛かろうという時。
「トンネル」というワードと「1970年」というタイミングが偶然にも青函トンネル建設工事とマッチしたため、青函トンネル人柱伝説が生まれたのだろう。

トンネル開通後も続く心霊現象

多くの技術者の汗と涙、そして34名にものぼる殉職者の犠牲の上に青函トンネルは完成。
そして運用が開始された。
しかし、新幹線がトンネルを駆け抜けるようになった今でも、心霊現象の体験談は後を絶たない。

竜飛定点に立つ「白い服の女」

青函トンネル内にはかつて、青森県側に竜飛海底駅、北海道側に吉岡海底駅という2つの海底駅が存在していた。

トンネル開通後も見学用の駅として機能していたものの、新幹線開業に伴い2014年には駅としての役割を終え、現在ではそれぞれ「竜飛定点」、「吉岡定点」と名前を変えて緊急時の避難施設として機能している。
今ではほぼ使われることのない場所となった竜飛定点だが、この場所で目撃談があがるのが「白い服の女」だ。

深夜、青函トンネルを通過する新幹線の運転士たちは目の端にありえないものを目撃する。
それは竜飛定点で佇む「白い服を着た女」だ。
女はなんと時速100キロを超える列車に対して手を動かしているというのだ。
その様子はまるで手招きしているのか、手を振っているかのようにも見えるという。
女の服装と言い、動作と言い、新幹線のスピードを無視した優雅とも言える様子でもある。

幻覚、と断じてしまうのは簡単なので、この白い服の女とはいったい何者なのか考えてみたい。

まず、この女が工事関係者でないことは確かだろう。
青函トンネル建設工事にあたって女性の作業員は1人も存在していない、坑内は絶対「女人禁制」であったためだ。
なぜかと言えば、労働基準法により、坑内で女性が掘削作業に従事することが禁じられているのが理由だ(なお、2025年においても、一部緩和されたがこの法律は存在している)。

加えて作業員たちの間で語られるのが、古来、日本の山の神は女性と信じられており、女性が山に入ると嫉妬に狂って災いを引き起こすとされてきた。
特に美女が入山すれば、より激しく怒り狂うというのだから、なかなか人間味あふれる神様と言えよう。
海底を通る青函トンネルが神話における山と関係があるのかは解釈が分かれるところだと思うが、工事対象がトンネルということと海底に多数存在する海山を掘り進めたという広い意味で受け取ったということなのだろう。

開通式にすら女性は1人も招待されなかったという徹底ぶりで、絶対に山の神の怒りに触れたくないという執念が感じられる。
工事関係者に女性がいないとなれば、この白い服の女は工事関係者の霊ではないということになる。
となると疑われるが青函連絡船沈没事故の犠牲者だ。

連絡船には多くの女性も乗っており、白い服の女とは、沈没事故による犠牲者ではないかと考えられる。

また、この女の霊の目撃談が運転士ばかりというのも興味深い話だ。
女の霊は自身も新幹線に乗って目的地に帰りつきたいがために、竜飛定点で待っているのか、それとも新幹線の乗客たちを自分と同じ目に会わせるために運転士を手招きして死地へと誘っているのか。

いずれにしてもこの女の霊の成仏を願うのみだ。

トンネル奥へと消える「謎の作業員」

こちらはトンネルの点検作業員が目撃するという男だ。
新幹線の通りがない深夜に行われる青函トンネルの点検作業。
作業員がなにかの気配を察してふとそちらを見ると、見知らぬ男の作業員が立っている。

しかも明らかに様子がおかしい。

男が身に着けているのは自分たちの着ている作業服とは異なる青函トンネル建設工事時代の古く薄汚れた作業着なのだ。

その謎の作業員は点検作業に加わるでもなく、線路の奥へと歩いて行き、やがて姿を消してしまう。
この作業員の男の意図や目的は不明だが、青函トンネル建設工事中に殉職した34名のうちの浮かばれない1名なのだとしたら。
今でもトンネルを掘り進めなければならないという使命のもと坑内を闊歩しているのか。

海深くで命が絶たれたことを嘆き、彷徨っているのか。
守り神がごとく、青函トンネルの安全を見守っているのか。

通信やカメラにも収まる霊たち

現在、青函トンネルは全区間で携帯電話サービスが利用可能となっており、新幹線乗車中に通信が途切れることはなくなった。
ただ、この利便性の向上が新たな怪奇現象を生み出した。

青函トンネル走行中に携帯電話から電話をかけた際、ある地点に差し掛かると突然通話に激しいノイズが混入したり、うめき声のようにも聞こえる音が聞こえるというのだ。
そのある地点とは、1976年の建設工事中に異常出水を起こした場所だというのだ。

青函トンネル内には、安全確保や防犯目的のために監視カメラが設置されている。そのカメラが記録する映像にも、無人の通路を歩く人影や、地面から伸びる白い手が映り込むというのだ。
ノイズはあくまでノイズであり、何かが映り込んだ映像もほとんどが光の屈折などのおおよそ怪奇現象とは無関係な事象なのだろう。

しかし、本当にそれだけだと断定できない怖さが、海底という未知なる領域にあるトンネルには漂っている気がする。

果たして、あの海底で体験したものは何だったのか?

全長53.85km。そのうち海底部分は約23km。海面下240m近くという、日本の土木史でも類を見ない工事だ。
掘れば崩れ、浸水する。工事とは名ばかりで、半分は自然との消耗戦といっても過言ではない。

だからこそ、単なる「幽霊話」ではなく、極限状態に置かれた人間たちが抱え込んだ恐怖、不安、罪悪感、死への緊張感が、噂や幻聴や人影という形で噴き出した集団心理現象ではないだろうか?
それらを「疲労による錯覚」の一言で処理するのは簡単だが、現代科学でも、閉鎖環境が知覚へ与える影響は完全には解明されていない。
海底深くの閉鎖空間には、人間の感覚を狂わせる何かが確かに存在したのかもしれない。

青函トンネルを通過する列車は、今日も何事もなかったかのように海底を駆け抜けていく。
乗客のほとんどは、自分たちの足元で何人が命を落とし、どれほど過酷な環境の中でこのトンネルが掘られたのかを知らない。
もし車窓の向こうに一瞬だけ影を見たとき、なにを思うのだろうか。

※画像はイメージです。

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