夫はいわゆる町の電気屋です。
新築工事からリフォーム工事まで、さまざまな現場へ行きます。
長年この仕事をしていますから、「おいおい」と感じる家に入ることもあって、すこしの事では驚きません。
それでも、今までで一番気味が悪かった家はどこかと聞くと、夫は決まって同じ家の話をします。
理想的な家に見えた
会社を経営している社長さんの家で、築五年ほどのデザインにこだわった注文住宅。
広い敷地に立派な庭、二台分の車庫には高級外車が並んでいます。
エアコン設置工事のために訪問したのですが、注文を受けていたエアコンも最上位クラス。
「お金持ちなんだなぁ」という印象だったそうです。
家の中もさぞかし豪華なのだろうと期待しながら玄関を入ると、大量の靴が散乱していました。
廊下も物が溢れていて、宅配の段ボール箱が積み重なっていたそうです。
「忙しくて片付ける暇がないのかな?」程度にしか思わなかったそうですが、エアコンを取り付ける予定のリビングに入ったとたん、夫はぞわっとしました。
テーブルには使ったコップがいくつも放置され、大きなソファの上には上着や洗濯物かと思うような衣類が山積みで、困ったのは奥さんの下着が見える所に放置されています。
バッグや日用品、雑誌、通販商品の空段ボール、ペットボトルやゴミの入ったコンビニ袋など。
あらゆる物が積み重なり床を埋めているのです。
どこを歩けばいいのか分からず、戸惑っている夫。
すると家主が笑顔で言いました。
「どうぞどうぞ」
周囲を見回しましたが、足の踏み場がありません。
困った表情で立ちすくんでいる夫を見て、家主は言ったそうです。
「そこ全部、踏んで大丈夫なんで」
返す言もありません。
踏んでいいって言われても、家主さんの物だし「はい、そうします」って訳にはいきません。
物をどかしつつ、進もうとすると家主が言いました。
「そんなに気を遣わなくていいですよ、全部、自分の物ですから」
意味が分かりません。
自分の物だから踏んでいいとは?
夫が戸惑っていると、
「その箱は空です」
「服も気にしなくて大丈夫です」
「そこも踏めます」
と、一つ一つ説明してくれたそうです。
家主に悪気はなく、むしろ親切でした。
だから余計に意味が解りません。
家族全員が同じだった
ひとまず取り付け位置の下にあった荷物をどかし、夫は室内機の取り付け作業を始めました。
しばらくすると奥さんが、「一休みしてください」と、コーヒーとお菓子を持ってきたそうです。
奥さんは床に散乱した荷物を避けることもなく、当たり前のように踏みながら歩いて、テーブルの上にコーヒーを置きました。
カップは高級そうなもの、お菓子も有名店の物だったかもしれません。
ですが、テーブルの上は、どこまでが片付いていて、どこからが放置された物なのか区別がつきません。
「ありがとうございます」
と礼だけ言って、そのまま手を付けなかったそうです。
そんな状態では、だれでも飲む気になれないませんよね。
奥さんは特に気にする様子もなく、また荷物を踏みながら部屋を出ていったそうです。
作業が終わり試運転をしていると、小学生くらいの男の子も現れました。
まったく何もなかったように、下に落ちている物を蹴飛ばしながら入ってきて、
「こんにちは」
と普通に挨拶していったのでした。
そこそこ潔癖症な夫は、作業完了を報告した際、余計なことだとは思いながらも、つい口にしてしまったそうです。
「荷物、多いですね」
家主は笑いました。
「そうですか?」
冗談ではなく、本当に不思議そうな顔だったそうです。
「片付けるの大変じゃないですか?」
すると家主は間髪いれずに
「何をですか?」と聞き返してきたそうです。
夫は言葉に詰まりました。
家主は本気でした。
何を片付けるのか分からない、そんな顔をしていたそうです。
しばらくして家主は、「ああ、床ですか?」と返答してきたので、ようやく話が通じたと思いました。
しかし次の言葉で、全てが覆されました。
「床なんて別に見えなくても生活できますよ」
家主は笑いながら、さも当たり前ように豪語したとか。
誰も異常だと思っていない
「とにかく、汚かった!!!」
帰宅早々、ご立腹で靴下を履き替えて洗濯機に放り込んでいました。
「あの家って、まだ新築だよ?なんであんなに散らかるの?勿体ない!」と嘆きながら、
「こぎれいな格好して出てくるんだよ、詐欺みたいなもんだよ~!見られて恥ずかしい、とか思わないのかな?」
思わないから、そのまま他人を家に上げるんだろう、人の闇を感じます。
夫は今でも言います。
汚部屋なんて珍しくないけれど、異常が当たり前で、それを家族全員が共有していること。
怖いのは、なにか迷惑になることの無い幽霊よりも、生きている人間だと。


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