皆さんは明治期に一世を風靡した錦絵新聞をご存じですか?
錦絵新聞とはその名の通り錦絵と新聞記事を組み合わせた読み物で、明治初期の数年間だけ発行されていました。
今回は当時の大衆を夢中にさせた錦絵新聞の中から、現代の凶悪犯罪にも通じる厳選記事をご紹介していきます。
ゴシップ記事を中心に構成された錦絵新聞の新しさ
まず最初に錦絵新聞とは何か解説します。錦絵新聞とは新聞の記事をもとに事件の一場面を描いたもので、明治7年(1874年)に浮世絵師の落合芳幾が発行した、『東京日々新聞』がその先駆けと言われています。
要はゴシップ記事中心に構成されたスポーツ新聞のようなもので、幕府の検閲が瓦版のみならず浮世絵にまで及んだ江戸時代には考えられなかった娯楽読み物として、大衆に熱狂的に歓迎されました。落合芳幾の他には無惨絵で有名な月岡芳年や豊原国周なども、錦絵新聞のお抱え絵師として活躍しました。
錦絵新聞の最大の特徴として挙げられるのは、男女の痴情の縺れや金の貸し借りに端を発する、猟奇的な事件を扱っていること。全国から収集した怪談奇談も人気のネタで、非業の死を遂げた被害者が怨霊と化し、加害者に復讐を果たす話がとりわけ好まれました。外国人が絡む異人ものや警察官が活躍する巡査ものも人気のジャンルです。
伴侶に先立たれた老婆を襲撃した、鬼の意外な正体
たとえば「鬼より怖い金の欲」と題された実話。
肥前の唐津に守銭奴で有名な老夫婦が住んでおり、普段から質素倹約に努めたおかげで、晩年には五百円もの大金を貯めることができました。すると夫の方が欲をかき、「ワシが死んだら棺桶に五百円を入れてくれ」と妻に頼んで、ぽっくり息を引き取ります。
その後独り身になった老婆が遺言を実行しようとした所、親戚の男たちに「はやまるな」「あの世に金は持っていけないぞ」と全力で止められ、せめてもの餞にと生前夫が使っていた財布を棺桶に納めました。
同じ親戚が初七日の法要に牡丹餅を持ってきたので、老婆は有難くこれを受け取りますが、来客の応対に追われているうちに食べ損ね、枕元に重箱を置いたまま布団に入ります。
その日の夜……恐ろしい形相をした二匹の鬼が老婆宅に押し入り、「金を出せ。さもないと命はないぞ」と、布団で寝ていた老婆を脅迫。頭が真っ白になった老婆が土蔵に金を取りに行って戻ってくると、鬼たちは何故か体中の穴から血を吹き、カッと目を剥いて事切れているではありませんか。
鬼になりすました強盗の正体は、老婆が相続した遺産目当ての親戚でした。彼等は手土産の牡丹餅に毒を仕込んで老婆の殺害を企てたものの、老婆が余らせたそれを自分が持参したものとは気付かずに貪り食い、あっけなく命を落としたのです。
計画成功まであと一歩の所だったのに⋯⋯自業自得の顛末が嘆かわしいやら食い意地に呆れるやらで、皮肉めいたタイトル通り、欲に目が眩んだ人間のどうしようもない愚かしさが伝わってきます。財産を横取りされかけた老爺の怨念が、不届き者に天罰を下したのでしょうか。
被害者の怨霊に祟られた犯人が心を病んで出頭する
お次に紹介するのは『郵便報知新聞』に掲載された、ある強盗のエピソード。某月某日、一人のうらぶれた男が警察署に出頭しました。取り調べを担当した警官は、彼の正体が指名手配中の強盗殺人犯だと知って驚愕します。すぐに気付かなかったのも無理からぬことで、人相書きと比べてもなお、男はげっそり窶れ切っていました。
そこで自首に至った経緯を尋ねた所、顔面蒼白でこんな事を言い出すではありませんか。
「俺が殺した連中の幽霊が、毎晩枕元で恨み言を吐きやがるんだ。全身血まみれのおどろおどろしい姿でよお」
俄かには信じがたい話ですが、冷酷非道な強盗を追い詰めたのは、彼が手に掛けた被害者たちの祟りだったのです。
月岡芳年の手掛けた錦絵には恨めしげに立ち尽くす老若男女の怨霊と、彼等に囲まれた荒くれ男が悶絶するさまが、圧倒的な迫力で描き出されます。特に注目してほしいのが鮮やかな赤の発色で、芳年は血の粘り気を表現する為に、赤い顔料に膠を混ぜたオリジナルの絵の具を使っていたそうです。凄まじい執念ですね。
一方『新聞錦絵』7号では、酸鼻を極める虐待の全貌が人々を戦慄せしめました。
それは底意地の悪さで知られる大工の女房が、13歳になる義理の娘を激しく折檻したというもの。この女房は常日頃から娘を虐げていたものの、ある時堪忍袋の緒が切れて柱に縛り付け、真っ赤に灼熱した火箸をその顔に押し当てたそうです。可哀想な娘は顔に酷い怪我を負い、当然の如く女房は逮捕されました。娘を引き取ったのも養育費目当てだったそうで、血も涙もない鬼畜の所業と断じざるを得ません。
悲劇!幼い長女に次女を殺された母親の心中事件
片やこちらはとんでもない悲劇に見舞われた母娘の話。都内某所に若い母親と二人の娘がいました。母親は家事や炊事で忙しく、まだ幼い長女に赤ん坊の次女の子守を頼んでいました。
ある日のこと、母親は違和感を覚えます。長女が仲良く遊んであげているはずの赤ん坊の声が全然しないのです。そこで家事を中断し様子を見に行ってみると、赤ん坊がぐったりしているではありませんか。母親は半狂乱で次女を抱き上げますが既に手遅れで、赤ん坊は息絶えていました。その傍らで長女はきょとんとしています。
「アンタ一体何をしたの!」
「何ってお母さん、ただ遊んであげただけよ」
母親は全てを理解しました。次女を殺した犯人は長女に他なりません。彼女は遊んでいる最中に、誤って妹を殺してしまったのでした。気の毒な母親はこの事実を受け止めきれず、長女の手を引いて川に身を投げたそうです。
なんとも救われない話ですね。現代人の感覚でも相当ショッキングなのですから、子供による子殺しが世間に与えた衝撃はいかばかりだったでしょうか。しかも過失とはいえ、まだ赤ん坊の妹を実の姉が殺してしまったのです。
母親が無理心中を決断したのは、次女を亡くした哀しみや自身が責められる恐怖にも増して、世間に後ろ指をさされる長女の将来を悲観したからかもしれません。
恐るべき子供たちシリーズは錦絵新聞でも人気の題材だったようで、『錦画百事新聞』44号には以下のような事件が載っていました。
ある日のこと、東京下町の子供たちが3・4人ほど集まって遊んでいました。しかしかくれんぼや鬼ごっこに飽きて退屈していた所、友達の一人がこんな提案をします。
「八百屋お七の芝居ごっこをしようぜ!」
ここに出てくる八百屋お七とは、生き別れの恋人に会いたい一心で実家に放火し、その罪で火あぶりにされた実在の女性です。子供たちはこの提案に大乗り気で、中の一人を木に縛り付け、火あぶりに見立てて焚火をしました。すると風向きが変わったせいで予想外に火が燃え広がり、他の子供が煙に巻かれて逃げ散る中、木に括り付けられた一人は焼け死んでしまいました。
図らずも友達を焼き殺してしまった残りの子供達は、死んだ子の親に合わせる顔がないと思い詰め、己の罪を償うべく故郷を後にし、お遍路さんとして旅立ったそうです。グリム童話の「屠殺ごっこ」にも通じる、後味の悪い話ですね。
実はフェイクニュースが混じっていた!錦絵新聞の闇
以上、明治時代に人気を博した錦絵新聞の解説でした。大前提として錦絵新聞が取り上げる事件は、煽情的に脚色されていることにご注意ください。
中には相当数のフェイクニュースも混じっていたと考えられ、そんな所も現代のスポーツ新聞や週刊誌と似ています。
featured image:Utagawa Yoshiiku, Public domain, via Wikimedia Commons


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