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事故物件との付き合い方

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プロフィールに思わせぶりに書いているので、ぼちぼち事故物件の話をしておこう。
事故物件というのは、幾つかの理由があるが、ここでいうのは、室内で人間が不本意な死を迎えた部屋である。
幽霊が出るとか、不調になるとか、また同じ死因で命を落とすとか、怪談じみた話がしばしばあるが、一体何が起きて、どうするべきだろうか?
これは、体験を交えた、事故物件との付き合い方に関する私見である。

目次

月15,000円の物件

10年と幾らか前、仕事の関係で部屋探しを考えた筆者は、インターネットで検索していた。
ネットで探せる事を宣伝していた不動産管理会社があったため、サイトを利用してみた。
誰でも部屋代を多く払いたくはない。
値段の安い順ソートで、すぐめぼしい物件が見つかった。

  • 1LDK 地下鉄の駅近のマンション
  • 家賃15,000円、管理費5,000円

いくら何でも安すぎる。

この周辺は、底辺のボロアパートの1Kでも、家賃で20,000円は取る。
だが、安いにこした事はない。考えても仕方がない時は考えない。
扱っている支店に電話をかけた。

「――この物件まだありますか?」
「ありますよ。後ですね、この部屋」
「はい」
「告知義務、というものがありまして」

なるほど、と、これで値段が腑に落ちた。

「あまり気にならないつもりなんで、借りる方向で考えようと思いますが、具体的に何があったんですか?」
「自殺です」

それ以上は聞かなかったし、多分、教えてもくれなかったろう。

一番大切な事

数日後、現地の管理会社の支店を訪れた。
他に借り手希望者が現れると厄介なので、急いだ記憶がある。

繁華街にある支店で、担当から話を聞いて部屋を見に行く。
自動車移動が馬鹿らしいような、ごく近い場所に、そのマンションはあった。

「クリーニングが終わってますから、物件としては、むしろ良いコンディションですよ」

担当者はそんな事を言いながら、エレベーターを操作する。
あまり広くないが、もっと狭いエレベーターも見た事があるから、許容範囲だ。
そこそこの高さまで上がり、担当者がドアの鍵を開ける。
白く綺麗な壁だった。いかにもクリーニング済み、という室内だ。
嫌な感じがするとか、そういう事はない。
どうやら大丈夫そうだ。

徹底したクリーニングや塗り直しがされているかと思ったが、アコーディオンカーテンは古びていて、レールの土台は、所々塗装が剥げていた。ベランダの竿台はボロボロだ。
あまり綺麗過ぎても、敷金が戻らないとか面倒になるだろうから、程々くたびれているのは悪くない。

それにしても広い。
1LDKというのは、寝室が1つと、リビングダイニングで1つ、区切りなしでキッチン。要するに部屋が2つある。
大学時代に6畳1間の貸間で暮らしていたから、ワンルームで暮らすノウハウはある。
トイレと風呂はきっちり分かれ、洗濯機パンもあるじゃないか。こいつはすてきだ。

その後、支店に戻り、契約は滞りなく終わった。保証人関係でやり取りしたかも知れないが、トラブルはなかった。
契約直前、一番気になっている事を尋ねた。

「家賃が途中で上がったりしませんか?」
「いえ、ずっと一緒です」

その後、管理会社とオーナーが変わったが、確かにその口約束は守られている。

前の住人

入居当日。
部屋に入ると、まず、買って来た線香を焚いた。

程なく、荷物が届き、荷ほどきした。
靴べらを置こうとして、玄関脇にフックが付いている事に気付いた。
「前の住人」が付けたのだろう。

前の住人について、敢えて色々と想像を巡らせる事はしない。
考えたところで、結論は出ない。
名前も知らない相手の事だ。

郵便受けを確認する。
担当は綺麗にしておくと言っていたが、中身が残っていた。

中身は・・・運転免許の更新案内。

こんなところで名前が分かるとは。
捨てても問題ないのかも知れないが、近くの郵便局に直接持っていった。
「この人、もう亡くなってると思うんで」

窓口で渡すと、特にこれといったやり取りはなく、受け取ってもらえた。
その後、彼にあてた郵便物が届く事も、彼を訪ねて来訪した者もなかった。

そして彼自身については、いるのかいないのかは分からない。

オカルトトラブルを避けるには

――さて、この話、うろ覚えの部分を補っている他は、部屋代含め、創作はない。

そして、オカルト的にトラブルにならないように私が気を付けていた点がある。

前提として、私は現時点で、物理的な存在としての幽霊の実在を信じない。
「これが幽霊である」と、サンプルを学会で提出した者はいないからだ。

なら何故線香を焚いたのか?
幽霊が怖いからである。

「幽霊の実在を信じないなら、幽霊は怖くない筈だ」
という詭弁があるが、
「幽霊の実在を信じる人は、幽霊を怖がる」
「ならば、幽霊の実在を(少しでも)信じない人は、幽霊(と結びつけられるあらゆるもの)を(全く)怖がらない筈だ」
という、呆れるほど稚拙な前件否定論法だ。

こっくりさん回で解説した事の繰り返しになるが、人間の心は成長過程でオカルト的な考えが入り込む。
それは、教義宗教ではなく、文化の奥に根付いた原初的な宗教心だ。
教義宗教や科学による論理的説明が理解出来る前に、世界を認識するために、何となく辻褄を合わせておくためのものだ。これなしで人格は成り立たない。

この宗教心が、意識の言語化し難い部分で、特に存在感を持つ。
表層意識で幽霊の存在を認めていなくても、深層意識で認めていれば、幽霊のルール通りに霊障は起きる。

こういう時、当てになるのは理詰めの納得ではない。
自分に根付いた、文化的に正しい幽霊と付き合う作法である。
私の場合、それは仏教的な作法、つまり線香を焚く事である。
信じるものによっては、十字を切った方が良い人もいるだろうし、酒をふりまくのが良いという人もいるだろう。

その後も私は線香を焚いている。
初期は比較的頻繁に焚いていたが、今は、お盆とお彼岸と正月だけだ。
その時は、ちょっとしたお供えもする。
水と、落雁や生和菓子など、経済状況に応じた簡単なものだ。イベント時には、お酒をちょっぴり供える事もある。
仏壇ではなく、お盆1枚に、ワンセット乗る程度の、ささやかな祭壇だ。
あの世には匂いしか届かないと聞いているので、お供えはパッケージを必ず切っておく。

これによって、何となくやるべき事はやった、という気分になっている。
お陰で、「霊障」に悩まされず、ただ、格安の部屋を借り続けている。

蚤の勇気は、無知による無謀

これは1つの成功例だが、今のところ、という但し書きが付く。
恐らく、独り身の自分がこのままこの部屋で生きれば、いずれ孤独死する。
そうなった時、「霊が再び死を招いた」と言いたがる輩もいるだろうが、引っ越す動機にはあまりに薄い。

私の経験から言うならば、幽霊系の事故物件を借りる時は、

  • 怖いなら借りない
  • 怖くなくても、儀礼は何かやる

この2点である。

1つの経験で知った風な顔をするのも何だが、良くない結果になるのは、「バカにしてかかる事」ではなかろうか。
我らは、汚いものに触った後は、手を洗う。汚れはそれで何パーセント落ちただろうか? それで病気になる確率は?
確実に把握していない、だが、ざっとでも洗った方が安心する。
これは、「洗浄」ではなく「禊ぎ」だ。

結局、宗教観は根付いている。
深層心理は保守的で迷信深いものだし、だからこそ文化に馴染んでいられる。

生活の全てを科学で理解し、正確に観察する事は出来ない。
世界という「面」を、科学という「線」や「点」で解析しているに過ぎない。その隙間を、オカルトのパテが穴埋めするから、我々は躓かず、活動出来るのだ。
自分の心とは、良い感じに付き合っていきたいものである。

そこを上手くやれば、少なくとも。
住む家の選択肢は増える。

※画像はイメージです。

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