二人の天下人が係わった!最強の出世パワースポット!!

二人の天下人が係わった、最上の出世パワースポットを紹介します。

元城町東照宮

浜松にある元城東照宮は、若かりし徳川家康の居城だった浜松城の城跡にあります。

浜松城以前のこの地は、今川家武将の飯尾家の引間城でした。
今川義元が桶狭間で討たれた後、衰亡する今川領に攻め入った家康が、引間城を整備し直して浜松城と改名しました。

明治19年、一人の旧幕臣が神君家康公の基礎となるこの地に東照宮を建立したもので、平成27年に31歳の家康壮年像と16歳の秀吉少年像が設置されました。

引間城

城主・飯尾豊前守の家臣・松下某がある日、「猿かと思えば人、人かと思えば猿」という、異形なる面相の少年を連れて引間城に登城しました。
宴会の座興でこの少年に皮付き栗をあたえたところ、口で栗を剥き喰う様子が猿そっくりだと、大層受けました。

松下の配下で働き始めた少年は、「何一つ主人の心に適わない事がない」見事な働きぶりで、すぐに納戸出納役の抜擢されました。

この異形の少年が後の豊臣秀吉です。
この話は、飯尾豊前守の娘の話を基に記された文書にある、数少ない秀吉少年時代の逸話です。

浜松城

家康は29~45歳の17年間をこの城で暮らし、その間、家康唯一の大敗と謂われる三方ヶ原の合戦や、織田信長と共に戦った姉川の合戦、豊臣秀吉と相対した小牧・長久手の戦いなどを戦い抜き、それは徳川家の基礎を築いた時代でもありました。
家康はその後着々と実力を蓄え、天下取りの道を登って行きます。

浜松城は出世城

江戸時代を通して25人が浜松城主となりましたが、その内10人以上が老中・大坂城代・京都所司代などの幕府要職に出世し、誰とはなしに浜松城は出世城と呼ばれるようになりました。
そして旧浜松城内の引間城跡前、今の浜松市役所前駐車場になっている場所には、世界のホンダを一代で創り上げた、あの本田宗一郎の自宅が建っていました。

浜松城に関係した多くの人々が、この様に後に出世を遂げています。
あなたもこの御利益にあずかって見ませんか?

歴史大好きじいさんです。
出色の出世パワースポットを紹介します。

参照:日本史の内幕 磯田道弘 著

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