1960年代のアルジェリア
フランスの領土からの独立を求める運動が起こり、フランス国内でもアルジェリアからフランスは手を引くべきと言う論調が高まります。
このアルジェリア独立を巡る動きは外人部隊の転機となるのです。
1960年代アルジェリア
北アフリカにあるアルジェリアは1830年にフランスの植民地となった。
1920年ごろからフランスの支配に抵抗する民族主義運動が始まり、1954年FNL(民族解放戦線)と言う組織が武装闘争を開始する。
このFNLとフランス外人部隊は戦う事になるのです。
フランス外人部隊にとっては、自分達の本拠地と言えるアルジェリアでの戦いになりました。
戦闘には勝てたが・・・
フランス軍はアルジェリアの砂漠地帯でFNLに勝利します。
FNLには無い、ヘリコプターを使った機動力の高い部隊展開でフランス軍は勝つ事が出来ましたがFNLは都市部へ隠れます。
都市部に隠れるFNLに対して、フランス軍はアルジェリアの国境警備を強化します。
これでFNLを支援するルートを遮断します。
そこへ外人部隊を投入して都市部のFNLを鎮圧します。
単純に戦いと言う面ではフランス軍や外人部隊が勝ちましたが、政治的な意味では負けていました。
FNLにフランス軍や外人部隊が圧倒している様子は、強い大国が独立を求める人達を弾圧している様に見られていたのです。
この見方は間違いとは言い切れず、フランスの治安部隊は多くのアルジェリア人を逮捕し、拷問さえもしていました。
国際社会はフランスに対して批判的になります。フランス国内でも、派兵に使う財政負担もあり、アルジェリアの独立を認めても良いと言う意見が多くなりました。
外人部隊アルジェリアを去る
しかしアルジェリアを手放す事にフランス軍将校の一部は反発し、1961年にクーデター未遂事件を起こします。
この事件に外人部隊の第1外人パラシュート連隊も加わっていました。
事件後にこの連隊は信用を失い、解散させられます。
1962年にアルジェリアは独立、外人部隊はアルジェリアから撤退します。
外人部隊はフランス本国に拠点を移し、役割もこれまでの植民地防衛からフランスが宗主国のアフリカ諸国への軍事支援や平和維持活動を主に行うようになりました。
外人部隊にとっての始まりの地であり、本拠地だったアルジェリアからの撤退は様変わりする程の転機となったのです。
eyecatch source:US Information Agency., Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由
※画像はイメージです。
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