人工地震という陰謀論は、何故繰り返されるのか?

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2025年の年末に、青森で大きな地震が発生した。
振り返れば、その前年の2024年にも元旦から、能登半島地震が発生していた。
感覚的にもデータ的にも、2000年代に入ってから大きな地震が増えている。
そして、大地震が起きると、しばしば「人工地震」というワードがSNS界隈を飛び交う。

エネルギー量から考えて、大地震の人工地震は科学的には不可能なので、陰謀論というよりオカルトの領域だが、さて、この人工地震説は、何故発生するのだろうか。

目次

大地震は人工地震ではない

大地震が人工地震ではない、という証明は極めて単純である。
大地震を発生させるエネルギー量は、人間が扱える量を遥かに超えているからだ。
そして、エネルギーはゼロから生じる事はない。

現在、人工的に大出力のエネルギーを瞬時に発生させる方法は核兵器であるが、歴史的に最大出力の核兵器でさえ、理論値100メガトンが限界値で、これを効率良く使ったとしても、マグニチュード6、7クラスの地震を発生させる事は出来ない。

「人工的な地震が起こせるのだから大地震も起こせる」というのは、量の差を甘く見た空論である。

例えば、1kgの物体は片手で持てるが、5.972×10^24(24乗)kgの地球は持ち上げられず、その上に立つ事しかできない。大きさや量の差は時として絶対の差になる。
だが、この極めて単純な理屈を説かれても尚、人工地震を提唱し、それを信じる人がいる。

これは、どういう事だろうか。

彼らは、極度の忘却力を持ち、学習が出来ないのだろうか。
それとも、魔法に精通しており、科学に拠らず地震を起こす方法を知っているのだろうか。

公正世界仮説

悪事は必ず裁かれる世界

科学の範疇で考える場合、人工地震提唱者が根拠としているのは、地質や物理的な手法による証明ではなく、「公正世界仮説」または「公正世界誤謬」という心理学的な現象と考えられる。

「因果応報」
「正義は必ず勝つ」
「悪い事をするとしっぺ返しが来る」

そういった事が、必ず起きて世界が「公正」に保たれていると信じ込む心理作用である。

この公正世界仮説の最初の提唱者として知られるメルビン・J・ラーナーは、1966年に実験でこの心理傾向の存在を証明している。

手順としては、このようなものだ。

1 .被験者に「電気ショックで苦痛を受ける人」を見せる
1′.被験者に「苦痛を受ける人」を評価させる

2 .被験者に「苦痛を受ける人」を見せると共に、「苦痛を受ける人」がそれに応じた「報酬を受けている」という情報を伝える
2′.被験者に「苦痛を受ける人」を評価させる

1’の評価においては、被験者達は「苦痛を受ける人」を蔑むような評価を下す。そして、苦痛が大きいほど蔑む程度は高まる。
2’の評価においては、被験者達に「苦痛を受ける人」を蔑むような評価は起こらない。

この実験結果は、「不幸を被る人」には何かしら「理由」があり、それのない場合「不幸を被った人」本人に「落ち度という理由」を勝手に設定して心を落ち着ける、という心理作用を表している。

人は、大地震という大きな不幸が発生した時、それを偶発的なものとして、ありのまま受け容れる事はできない。
被害を受けた人の落ち度を考えようにも、様々な人が入り交じっており難しい(敵対国の場合、成立する事もあり得る)。

このため、地震自体が、悪意の人によるものと考える。
これなら、「現在」はあくまでストーリーの途中だ。
やがてその悪意の人が裁かれ、世界の公正は保たれるというシナリオに至る事が出来る。
いつか来るハッピーエンドに向け、元気に歩んで行けるというものだ。
勘違いすべきではないのは、この公正世界仮説は、陰謀論信者だけではなく、誰にでも備わっている傾向であるという事だ。

人工地震説をバカらしいと考える人は、科学知識によって地震のメカニズムを知って、地震が起きる「理由」を掴んでいるからこそ、心を落ち着けられる。
目の前の現象が、科学的な合理性を満たせば、科学法則内において、世界は「公正」だ。

仮に、いかなる科学的な理由とも当てはまらない現象が起きた時は、そのような科学リテラシーの高い者も、オカルトに思考を向けざるを得ない。

オカルトパワーによる人工地震

次に、オカルトで考えよう。
つまり、陰謀論者諸氏が、本当に意思によって地震を起こせる存在を知っているとしたら、どうだろう。
意思の力で地震を起こせる存在は、神話上の存在、神や悪魔、怪物などが当てはまろう。
それよりも小物であると、エネルギー量が不足する筈だ。仮にあるにしても、他の意思と容易に拮抗し防がれる。さもなければ、もっと地震は頻発していなければおかしい。

各宗教において、主神に相当する神は、大地を創造する力を持つ事が一般的だ。
アブラハムの神は光を始め全てを造り、仏教の根底にあるインド神話のブラフマーも宇宙自体を作っている。日本神話では伊弉諾と伊弉冉が、天沼矛で島を作っている。
陸地を作る作用は、プレートテクニクスや噴火などがあるが、当然地震を伴う。
従って、彼らがその気になれば、地震を起こす事は容易い。

問題は、彼らの所業であるなら「人工」というワードが結び付かないという事だ。
実行者が神だとしても、最低限、意思決定には人間が必要である。
すなわち、神をも支配する、または神に絶対的に愛されている司祭役の存在だ。
「人工地震」を口にする者達は、それを知っているに違いない。

この司祭役は厄介だ。
神を思うままに動かす事は、実質的には神と同じ力を振るえるという事だ。

利害が対立するからといって暗殺を試みたところで、到底歯が立つものではない。そもそも、暗殺が成功したところで生き返る可能性の方が高い。
このような時、他の人間に出来る事は、取り入っておこぼれに与る事だけだ。

立ち向かう意思を見せる事で、司祭の心変わりがあるかも知れないが、結局どこまでいっても生殺与奪の権は司祭の手の内にある。
力の圧倒的な差は、抵抗を無意味にする。
だとすれば、何故彼らは「人工地震説」を喧伝するのか。

勝ち目のない戦いに呼び込み、共に死ぬものを増やそうとしているのだろうか?

恐らくは否だろう。

彼らは司祭に勝てると考えているのだ。
何らかの方法で、次の司祭に成り代わろうと考え、その算段があるという事だ。

だとすれば、未来の司祭たる彼らの人工地震説に意見を合わせ、協力すべきだろうか?

答えは否だ。

司祭と人との間には圧倒的な差がある。

だとすれば、彼らが司祭になったとしても、その差は縮まるものではない。

彼らが仁君であるなら、簒奪に協力しなかったからといって、直ちに惨殺される事はない。
そうでないなら、たとえ簒奪に協力したところで、些細な意見対立によってたちまち粛正される。

我らは自分が司祭になれるチャンスがない限り、動いても動かなくても変わらないのだ。

「人工地震」から身を守るには

これらから、「人工地震説」を喧伝する人と遭遇した時の立ち回りは、何となく分かったのではなかろうか。

公正世界仮説的に虚言を繰り返す人であろうと、実際にオカルトパワーとの繋がりを知る人であろうと、論破しようと思ったり、利益を得ようと共感して見せたり、リツイートしたり、といった行動は避けた方が良い。

認識されない事。

これが彼らとの接触後、最悪の事態に展開した時、生き残る可能性を高めてくれる、たった1つの冴えたやり方だ。

参考
・ウィキペディア ツァーリ・ボンバ、公正世界仮説、インド神話、天沼矛

※画像はイメージです。

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