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ラバウル航空隊ガダルカナルの戦い(後編)

1942年8月、ソロモン諸島のガダルカナルにアメリカ軍が上陸
空でもラバウル航空隊とカクタス・エアフォースの戦いが始まります。
それは南太平洋で繰り広げられる消耗戦となりました。

目次

1000kmの進軍

8月7日の米軍がガダルカナルに上陸したその日から、ラバウル航空隊のガダルカナルの戦いは始まった。
この時のラバウル航空隊の戦力は零戦39機、一式陸攻32機、九九式艦爆16機だった。零戦は15機が航続距離が短い三二型であり、ガダルカナルへ行けるのは24機だ。

8月7日から10日までガダルカナル島の沖にある米軍輸送船団を攻撃したものの、陸攻の損失が30機近くになり、厳しい戦いの様相を早くも見せていた。

日本軍がガダルカナル奪還を決めると、ラバウル航空隊はガダルカナルへの攻撃を行う。しかし、これは1000km先にある遠いガダルカナルへ連日出撃する事を意味した。
いくら零戦が長距離飛行に秀でた機体とはいえ、ベテランパイロットがまだ多いとはいえ、無理を強いる戦いになります。

ガダルカナルの空戦

カクタス・エアフォースは20日に飛来した海兵隊のF4F艦戦19機、SBD艦爆12機から始まり、22日には陸軍のPー400(P-39戦闘機から排気タービンを外した機体)が展開し、更なる海兵隊航空隊の飛来で戦力は強化された。
21日からラバウル航空隊とカクタスエアフォースの戦いが始まった。

ベテランパイロットが揃うラバウル航空隊の零戦隊でしたが、1000kmも飛んだ後で出来る空中戦は10分ぐらいであり、行きは増槽の燃料を使用し、空戦開始の時は機内の燃料が多く残る重い状態で戦う軽快さが強みが活かせないなど、パイロットの負担が大きなものでした。

対してカクタス・エアフォースは迎え撃つ主導権が無い戦いであり、ベテランパイロットの零戦に押されていたが、陸攻隊への損害を与えたことでヘンダーソン飛行場を破壊する力をラバウル航空隊は無くしつつあった。

9月になるとガダルカナルに配備されたレーダーが稼働する。
ソロモン諸島各地に居るコーストウオッチャーズからの監視情報も加わり、ラバウルから出撃する日本軍機の動きはガダルカナルに到達する前から探知ができるようになった。

激戦の空

カクタスエアフォースの強みは補給にもあった。
陸軍と海兵隊の機体で使用する弾薬や燃料に違いはなく、共通の規格は最前線で使用できる戦力を維持できた。
またパイロットの交代が出来て、パイロットに休暇を与え空戦での経験を伝える事も出来た。
対してラバウル航空隊はパイロットの交代は無く、連日戦い続けた。

いかにベテランパイロット達でも、連日の長距離飛行をして空中戦もやれば疲れが溜まります。
そのせいか、笹井醇一中尉や羽藤一志二等飛行兵曹など開戦前から訓練を積んで戦闘経験が多くあるベテランパイロットが戦死する。

こうした余裕のなさはラバウル航空隊がガダルカナルだけではなく、ニューギニアでの航空作戦も続けていたからだった。
こんな戦いを続けた結果、海軍航空隊の戦力は大きく消耗した為に12月には陸軍航空隊の来援を必要とする事になる。

featured image:USAAF, Public domain, via Wikimedia Commons

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