臆病だから腕がなくならずに済んだ?

祖父は戦争ではフィリピンのほうに出向いていたらしい、同じことを言うので年々聞き飽きていたけど。

体の中にある銃弾

喋るといつも腕と足に入ったまま銃弾を見せてくれた、戦争に行った証拠であるもの。

小さい頃から、祖父はたまに戦争の話をしてくれた、フィリピンに当時は出向いていたらしい。
現在も祖父の実家には外国のお札が額縁に飾られており、よくよく見るとペソの紙幣なので、確かにフィリピンに行ったのだろう。

また、戦地に出向いた人の感謝状や柔剣道の段位(確か4段)の表彰状もあるので、それなりの人だったとも思われるが自分の知っている祖父はそんな様子がみじんもなく、単車を70歳真ん中ぐらいまで乗り回すファンキーな祖父で仕事を引退して毎日小屋で奇妙なものをつくるじいさんだった記憶しかない。

戦争の話も一杯してくれたが、よく聞いていたのは兄のほうで、弟で末っ子な私はよく途中でどこかに逃走していたのは覚えてる。

腕と足に銃弾が残っていたわけ

戦争なんて遠い国の話と思っていた。
「何で腕に弾が残っているの」と、聞いたことがあった。

『戦争で銃弾を受けたんだけど、取り除くのが面倒だった治療が怖かったし』
怖がりなじいさんだなと思ったけど、真相は違っていた。

亡くなった際に住職が教えてくれたのだが銃弾を受けた兵隊たちは、治療のために並んでいたのだが、祖父は自分は後回しでいいと言って何回も順番を譲ったそうである。

怖がりだったので

そこまでは自分が聞いた話と同じなのだが結局治療を受けた兵隊たちは、碌な治療も受けれなかったので腕を落としたり、足を落としたりした傷病軍人になったり、けがが治ってすぐに次の戦地に出向き命を落としたりして助からなかったそうである。

結果としてその場所に残ることになって、ゆっくりと治療した祖父は生き残って結果として母も私も生まれることになった。

今となっては聞くことができませんが、体の中に残った弾丸は祖父の誇りだったのかもしれません。


Writing by 腰太郎

自称臆病者だよという祖父を持つ孫

※画像はイメージです。

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