雪と泥の中で強行された救出作戦「コルスン=チェルカシイ包囲戦」

  • 2020-03-07
  • 2020-03-07
  • 戦史
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1944年1月の東部戦線で6万人のドイツ軍将兵がソ連軍に包囲されていた。
ドイツ軍はティーガーやパンターを集めたベーケ重戦車連隊を先頭に立てて包囲から友軍を救出しようと動きます。

突出部から包囲へ

Bundesarchiv, Bild 101I-277-0846-13 / Jacob / CC-BY-SA 3.0 / CC BY-SA 3.0 DE

1944年1月の東部戦線にはチェルカシイ地区と言う突き出たドイツ軍の支配地域がありました。
ソ連軍はこのチェルカシイ地区を切り離してドイツ軍を包囲殲滅する「コルスン・シェフチェンコスキイ」作戦を発動します。

1月25日より第1ウクライナ方面軍と第2ウクライナ方面軍による東西からの攻勢でチェルカシイ地区のドイツ軍は包囲されてしまいます。
包囲されたのは第42軍団と第11軍団の合わせて約6万人
ヴィルヘルム・シュテンマーマン大将が指揮をしたのでシュテンマーマン集団と呼ばれるようになります。

救出作戦

Bundesarchiv, Bild 101I-277-0835-02 / Jacob / CC-BY-SA 3.0 / CC BY-SA 3.0 DE

チェルカシイの友軍を救出する作戦は南方軍集団司令官マインシュタイン元帥の指揮で2月1日から開始されます。
包囲網を南から攻める作戦を4個装甲師団で始め成功しかけたものの戦車を渡河させる機材が不足した為に前進が続かず作戦は失敗

今度は包囲網の西から第3装甲軍団が前進する「ヴァンダ作戦」を2月3日に開始します。
ヴァンダ作戦の先陣を行くのは「ベーケ重戦車連隊」です。
この部隊はティーガーⅠ重戦車を装備した第503重戦車大隊とパンター中戦車を装備する第23戦車連隊第2大隊を中心にヴェスペ自走砲の砲兵大隊や戦闘工兵・山岳猟兵も集めた臨時編成部隊です。

指揮官はポーランド戦から戦車部隊を指揮していたフランツ・ベーケ中佐
このベーケ重戦車連隊の左右を2個装甲師団が援護し第1SS装甲師団が続く形で進軍します。

最後の努力

Bundesarchiv, Bild 101I-711-0438-05A / Menzendorf / CC-BY-SA 3.0 / CC BY-SA 3.0 DE

ティーガーとパンターを集めた期待のベーケ重戦車連隊でしたが雪解けにより泥が広がる大地が重い戦車の足を引っ張った。
ヴァンダ作戦はベーケ重戦車連隊の前進が止まった事で成功しなかった。

空軍による空中補給を受けているとはいえ包囲されているシュテンマーマン集団の状況は日々悪化していた。
第3装甲軍団は第1SS装甲師団の前線到着により戦車の数が増えた事で2月11日より再度包囲網への再進撃を開始

ベーケ重戦車連隊も加わりますが包囲網まで数kmに位置する239高地が突破できず第3装甲軍団の前進は止まります。ここでも泥が戦車の足を引っ張った。
もはや包囲を受けているシュテンマーマン集団が自力で動くしかなかった。

2月17日の未明からシュテンマーマンは自力での突破を開始した。健在だった砲兵による支援射撃と深夜の闇と雪によりソ連軍の前線を潜り抜け3万人が第3装甲軍団に辿り着いた。
ベーケ重戦車連隊をはじめとした戦車部隊のこじ開けた穴にシュテンマーマン集団が最後に手を伸ばした事で生還する希望を掴んだのです。


葛城マサカズ
葛城マサカズ
ミリタリーの記事と架空戦記小説をネット上で書いています。

投降している架空戦記小説「日独印度大戦」
Twitter:@katuragimasaku

eyecatch source:Bundesarchiv, Bild 101I-277-0846-13 / Jacob / CC-BY-SA 3.0 / CC BY-SA 3.0 DE

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