私が小学生(10歳)の頃、祖父に聞いた話です。
私の祖父は明治末期の生まれで、代々数百年続く地主農家(埼玉県南部)の長男でした。
戦時中、祖父はおそらく30歳代中盤でしたが1次大戦、2次大戦時に戦争には行かなかったそうです。
はっきり確認した訳ではありませんが、祖父が語るには「大きな農家の長男は戦争に行かず、畑や田んぼを守るのが常識だった」そうです。
祖父から聞いた戦時中のエピソードとして印象に残っているのが「物乞いに来る人達」、「東京大空襲」の2つの話。
目次
「物乞いに来る人達」
戦時中は食べ物やなどが潤沢にある訳ではなく、大きな農家で会った祖父の家には食べ物を貰おうと度々人が訪れてきたそうです。
農家で現金はないけど食料はあったのでおにぎりや漬物をあげたそうです。
ただ貰えるこ事に味を占め連日訪れる人も少なくなかったそうです。
祖父は厳格な人でしたのでそのような人は怒鳴り追い返したとも語っておりました。
「東京大空襲」
祖父の家は埼玉県の南部にありました。
東京大空襲があった時、陽が傾くにつれて東京方面の空が明るくなったのをはっきりと覚えているそうです。
当時は高い建物もなく、畑や田んぼが広がっているだけだったのでその光景を見た時に呆然としたそうです。
当たり前ですが、何もできずに眺めていたと語っておりました。
戦争が激化するにつれて、家族で疎開してくる移住者も近所にいたそうで「川を挟んで向こう側」や「何々線(電車)向こう側」のやつとは付き合うな!などの今では偏見や差別のような考えも当たり前にあったと聞いております。
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