今年は辰年という事で、竜を見かける機会も多いだろう。
東洋文化において、竜は霊獣、神獣の類とされ、麒麟と同一の位置づけで語られる事も多い、神聖な存在である。
一方、西洋においては、竜はドラゴンと同一視され、悪しき怪物とカテゴライズされている地域が多い。
ドラゴンは、比較的カジュアルに使われる存在である。
『ドラゴンズ&ダンジョンズ』の系譜として、ヒロイックファンタジーの登場も多いが、一定世代より下では、男子の裁縫箱のデザインとして、身近な存在だろう。
だが一体、ドラゴンのどこが裁縫と関係あるのだろうか。
架空の存在と裁縫
人の仕事に結び付く架空の存在は、珍しいものではない。
鍛冶はイッポンダタラや一つ目小僧、ドワーフ、家事や靴屋の仕事を手伝う妖精(エルフ)、座敷童子は良い事をもたらすし、子守してくれているとも言える。
裁縫や織物の分野だと、鶴の恩返しの化け鶴が有名だが、鬼婆が糸つむぎをしたり、布そのものが一反木綿や機尋(はたひろ)といった妖怪になる事もある。
だとすると、ドラゴンにも何か、裁縫に関する伝承があるのだろうか。
西洋のドラゴン
ドラゴンの語源は、古代ギリシャ語で大蛇や怪魚を意味する言葉「ドラコーン」であったという。
古代ローマの博物学者プリニウスの『博物誌』では、ラテン語読み「ドラコ」は、象を絞め殺す大蛇と解説されている。
その後、ドラゴンは新約聖書の「ヨハネの黙示録」に登場し、サタンと同一視される。
現在のような、翼のある恐竜的な姿で描かれるようになったのは、中世後期である。
大蛇にいつから翼が生えたのかについては、黙示録内で、尾で星を薙ぎ払い、翼がある筈の天使と戦っている。
地面にとぐろを巻いていて出来る事ではないので、誰かが飛行能力を思い付き、その根拠として翼を描き加える事は、そこまで突飛な発想ではないだろう。
また、東洋の竜と習合する際に、「空を飛ぶ」という性質を導入した可能性もある。
これらで分かる事は、ドラゴンは巨大な蛇か、せいぜい悪魔であって、人の裁縫を助けるとは思えない、という事である。
勿論、悪魔が人の仕事を助ける事もあるが、そういう話は「怠け者の仕事を代わりにやって、法外な対価を要求する」という文脈であり、小学生の教育には宜しくない。
ドラゴン≠竜
では、東洋の竜と考えればどうだろうか。
先述の通り、ドラゴンと竜は明確に違うものだ。
しかし、ターゲットは小学生である。
そして小学校は、明治時代を皮切りに
- フランス式「学制」
- アメリカ式「教育令」
- ドイツ式「学校令」
と、欧米ばかりを参考にして日本に導入されたものだ。
つまり、小学校は欧米の価値観を植え付ける装置であり、小学生は徹底して欧米優位を叩き込まれる。
このため、遍く小学生は西洋かぶれである。
だからこそ、「波紋疾走」には「オーバードライブ」とルビが振られ、「羅惧美偉」よりも「ラグビー」をしたがり、「接吻」より「チュー」を選び、鴨南蛮も南蛮漬けも、なんばん花月もキッズに大人気だ。
マーケティング的に考えれば、小学生相手の商品にプリントされる「竜」は、「ドラゴン」でなければ、売れる可能性はゼロに等しい。
竜と裁縫
さて、その視点に立った時、裁縫箱のドラゴンは、竜と読み替えても問題ない。
東洋型の竜なら裁縫や織物と関係あるのだろうか。
まず、竜の姿を考えれば、どう考えても無理だ。
視点をマクロにして、糸の代わりになって大きな布を形成する、というのなら出来るかも知れないが、そんな話も聞かない。
一方、竜は、河や竜巻などの自然現象の擬化であり、海神、水神の類だ。
この手の存在は、普通に人間形態を持つ。
擬人化の話ではない。普通の変身能力だ。例えば『西遊記』においては、竜が馬の姿も取っている。
だとすれば、竜には人間の手があり、裁縫や機織りは出来たと考えられる。
が、出来る事と実際にやる事の間には差がある。
あなたの配偶者が、あなた以外の前で、本当に料理下手とは限らないの法則だ。
名のある竜としては、ナーガラジャ、八岐大蛇、道教の五方竜王などなど。また、釈迦が生まれた時は、8大竜王が甘露を降らせたという。
注目すべきは道教とその周辺だろう。五行のうちの5つを司っている以上、概ね最高に近い神格と言える。
この場合の最高神は、天帝と呼ばれる類のものだ。
竜は、四肢とどこぞやぐらいの重要性はあろう。
そんな天帝から人を統率する天命を受けた人間が天子、つまりは皇帝である。そして、竜は皇帝のシンボルである。
つまり、天帝と竜は非常に近いところにある。だが、天帝のどこに裁縫や織物の要素が?
あるのだ。
織女、すなわち織姫である。
七夕で知られる機織りの名手だが、彼女のパパが、宇宙を支配する「高上玉皇上帝」すなわち天帝である。
この説の場合、織姫は7人姉妹であり、『西遊記』においては、神々の宴の準備を手伝っている。
つまり、彼女が例外ではなく、他の神々も労働しているのは間違いない。そもそも、恋人の牽牛も畜産業だし、孫悟空も「弼馬慍(ひつばおん)」という役職で天馬の番を任せられていた。
まさか機織りが織姫の業務独占な訳はないので、他にも機織りや糸つむぎ、裁縫などを熱心に頑張っていた兄弟姉妹や友達の竜が、いたに違いない。
性別ははっきりしないが、天女の仕事だとしたら、女性の可能性は高い。
公式の見解は?
かくして、裁縫担当の天女竜「LOURD LEGER」ちゃんは、裁縫箱のデザインに抜擢されたのだ。
芸名の「LOURD(重い) LEGER(軽やか)」は、矛盾した表現であるが、サモ・ハン・キンポーなど、プラスサイズのアクションスターを想像すれば分かりやすい。
本来東洋のスリムな竜なのに、ずっと短く太いドラゴンとして描かれた、彼女への配慮と考えれば矛盾がない。
――これが筆者の辿り着いた結論である。
尚、公式であるところの株式会社サンワードは、インタビューで「男の子受けしそうなデザイン」という事で、ドラゴンを選んだと答えているようだ。
だが、こういうのは往々にして、公式が勝手に言っているだけ、という場合がある。
まずは自分の中で、よく吟味して受け容れるべきだろう。
思った事を何でも!ネガティブOK!