戦争中のご馳走はすいとんだった?!

今からかれこれ50年程まえの終戦記念日の出来事です。
当時私は小学校の低学年だったと記憶しています。4歳年上の姉と父と母の4人家族でした。

父が「今日は終戦記念日やから、戦争中の食べ物を食べさせてやるわ。今日の晩御飯は”すいとん”と”お粥”」と言いました。

すいとん、美味しいやん!

当時は「すいとん」がどういうものなのか全く知らなかったけど、戦争中は芋のツルを食べていたとか、何も食べるものが無くてあまりにもお腹が空いたから、ズボンのベルトをかじってたら甘かった等という話は聞いたことがありました。

夕食の時間になったので居間でみんなで食事をしました。出て来た「すいとん」は、すまし汁の中に小麦粉で作った団子が入っているという感じです。

小麦粉団子はもちもちしていて美味しかったし、すまし汁も美味しかったので「おいしい」と言うと、父も「ホンマやなあ。おいしいわ。今は小麦粉も質がいいからなあ。それに、こんなにしっかりとだしを出して醤油を使って美味しく作ったらアカンわ」と言いました。

そして、「本当の戦争中のすいとんの味を再現したるわ」と言って、みんなのお椀を持って台所へ行ったのです。

当時の味を再現しようと水を加えたけど

再び食卓に登場したすいとんは、ほとんど水という感じでした。父が水を足して汁を薄めたのです。しかし、汁もお団子も「不味い」とまでは思いませんでした。

戦争中はこの「すいとん」が、ご馳走だったそうです。
母が「今は醤油も質が良くなったし小麦粉も良くなったから、美味しくすいとんが作れるけど、戦争中は小麦粉も醤油も質が悪かったからねえ」と言ってました。

お粥に黒豆が入ってると思ったら

お粥も、お米はほんの少しでほとんど水でした。父が「お粥をじーっと見てたら、黒豆が入ってるように見えてけーへんか?(見えてこないか?の大阪弁)」と言いました。

「そんなもん見えてくる訳ないやん」と思ってたら、父が言いました。

高校生くらいの頃「おお!今日は黒豆入りのお粥か」と喜んで食べたら、黒豆など、どこにもなかったという経験があったそうです。どういうことかと言うと、自分の目玉がお粥に写っていて目玉が黒豆に見えただけだった・・・と話すのです。

おそらくお米も今のように、美味しいお米ではなかった思います。

話を針小棒大にしているな(話を盛っているな)とは思ったものの、お腹が空きすぎていて「美味しい物が入ってたら良いのになあ」と言う願望が強かったから、目玉が黒豆に見えたのかもしれないなあ・・・とも思えました。

今では当時の食べ物の味を再現するのは難しいだろうなあ

父は「こんな不味い物でも、当時はご馳走やったんやぞ」と言う事を教えたかったようですが、それほど不味くはなかったです。

当時の「すいとん」の味を再現することは、贅沢な今の世の中では、もはや不可能でしょう。
しかし、終戦記念日にこういう食事をして、子ども達に伝えるのは大事なことかもしれないな、と思います。


ひみこ
栄養士をやっています

※写真はイメージです。

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