フランス外人部隊はこうして誕生した

フランス軍には多国籍の兵士で構成された外人部隊と言う独特の部隊があります。
日本の自衛隊には無い外人部隊とはどんな経緯で生まれた部隊なのでしょう?

創設

フランス外人部隊は19世紀の1831年に創設されました。
これ以前にもスイス人兵士を多く雇いフランス革命の前にはスイス人兵士の11個連隊、フランス革命やナポレオンの時代を経て1831年の時点でも8個連隊がありました。

しかし、スイス人兵士とパリ市民やフランス軍との間でトラブルを起こし関係は悪かった。そうした問題から1831年にスイス人部隊は解散となりました。
解散で問題は解決した訳では無く、スイス人など外国人兵士達が軍を出された事でフランス社会の治安が悪化する事が懸念されました。

そこで外国人兵士を管理下に置く為に同じ年に外人部隊がフランス軍の中で創設されました。
とはいえフランス人将校は社会問題の対策として出来た外人部隊へ配属されるのを嫌がり、外国人兵士達はそんな態度で指揮する上官に不満を持ちモラルが低下した。

問題ある外国人部隊でしたがナポレオン戦争でのフランス人青年層が減った事による人的資源の問題と海外での不穏な情勢から必要視されるようになります。

初戦と改革

US Information Agency. / Public domain

フランス人将校の意識問題と兵士の低い士気という問題がありながら外人部隊は北アフリカの植民地へ出征する事になります。

当初は兵達が脱走すると思われましたが、兵舎の建設や道路建設など与えられた役目を兵士達はこなして行きます。
初戦となるエル・ウファイヤ族の要塞への攻撃を成功したものの、続くアラブ人との戦いでは苦闘する事になります。

そんな外人部隊に新たな問題が起きます兵士達の出身国です。
この時の外人部隊はスイス人にイタリア人やオランダ人・スペイン人などで構成されていた。
それぞれを大隊ごとに分けて外人部隊は部隊運用をしていました。

1834年にスペイン政府がフランス軍のスペイン人兵士を戻すように要求した。当時のスペインが王位継承による内乱が起きようとしていたからだ。
そのせいで外人部隊はスペイン人大隊を丸ごと失う事になる。
多くの兵士を手放すようになった事で外人部隊の部隊長であるジョゼフ・ベルネール大佐は出身国ごとに部隊を分けるのではなく、部隊の中で出身国が違う兵士達が混ざる状態に変えました。

これは部隊丸ごとを失うよりも全体の戦力低下を最小限にする方法でした。
またベルネールは部隊の共通言語をフランス語に定めます。

言語の問題は創設当初からありフランス人将校と外国人兵士の関係を悪化させましたが、部隊を出身国が様々な兵士で組むに当たりフランス語を誰もが話す事をベルネールは決めました。

これはより効果的な改革になり、部隊同士の連携が円滑になりました。
多国籍混成の兵士による部隊でフランス語が必須と言う現在のフランス外人部隊の姿となるのです。


葛城マサカズ
葛城マサカズ
ミリタリーの記事と架空戦記小説をネット上で書いています。

投降している架空戦記小説「日独印度大戦」
Twitter:@katuragimasaku

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※画像は一部イメージです。

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