ソ連海軍にあった幻の戦艦

ソ連は日露戦争や革命によって壊滅状態となっていた海軍を再建しようとしていました。
第二次世界大戦の頃には一線級の戦艦を作ろうとしていました。

前途多難なソ連海軍

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1917年に起きたロシア革命により帝政ロシアは倒され社会主義国家ソビエト連邦が建国します。
しかしソ連建国後も内乱や外国の干渉による戦乱は続き赤色艦隊とも呼ばれたソ連海軍は戦乱の中で艦を放置したり敵対する白露軍により国外へ持ち出され更には粛清により海軍士官が処刑されるなど艦も人材も多くが失われていました。

艦の建造再開は1920年代から行われたものの建造能力などの問題から主に作られたのは潜水艦や小型艦艇で1930年代になると重巡洋艦「キーロフ」級が作られ更にはスターリンによるソ連海軍航洋艦隊化計画が打ち立てられ大型艦建造の機運がソ連で高まります。

他国からのソ連の戦艦計画

1930年代になるとスターリンの号令もあって大型艦建造計画がソ連海軍で検討されます。
当時の戦艦の建造計画案は技術協力の提供を受けていた国外企業からの案が提案されました。
イタリアの案は40.6センチ主砲9門で最大速力34ノットの戦艦でアメリカの案は36機の航空機を搭載する航空戦艦でした。

それらの提案はソ連側の性能に対する不満や米国側からの中断により実現はしなかったものの提案された計画案の設計図はソ連に戦艦建造の知識を与えます。
とはいえ依然として独力で戦艦を作れるほどにソ連の技術は高まっていませんでした。

建造開始だが・・・

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ソ連は1936年に8隻の戦艦を建造し1941年完成を目指す事を決めます。
建造される事となったのが「23号計画艦」です。
これが「ソビエツキー・ソユーズ」と知られる筈だった戦艦です。

1938年には2隻の建造が始まりますが設計が終わったのは1939年と変な進行で建造は続きます。
1940年には2隻が新たに建造開始となりますが1941年6月に独ソ戦が始まると建造途中の戦艦は作業が中止となります。
戦後になると建造が進んでいた1番艦はミサイルの標的となって1956年にバルト海に沈んだ。

もしも独ソ戦開始が遅かったら40.6センチ主砲9門で常備排水量6万5000トンの堂々たる戦艦「ソビエツキー・ソユーズ」がバルト海で活躍したかもしれない。
いや、独ソ戦が無くても完成しなかった。

溶接技術の低さから水中防御を施せず、スイスに発注していた機関が英国に買い取られたり独ソ戦が無くても完成には程遠かったのです。
これは人材と技術を革命や粛清により失ったのが大きく技術も人材も簡単には回復はしないと言う事もでもあるのです。


葛城マサカズ
葛城マサカズ
ミリタリーの記事と架空戦記小説をネット上で書いています。

投降している架空戦記小説「日独印度大戦」
Twitter:@katuragimasaku

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