ときに穏やかに、ときには荒れて、様々な姿を見せる海。楽しい思い出もあれば、恐ろしい記憶が残る人もいることでしょう。
大昔から、人間は海に神秘性を感じていました。そしてそれは、科学が発達した現代でも変わりません。海にまつわる怪談が多く生み出されているのもその証拠でしょう。
「海からやってくるモノ」は、そんな海を題材とした怪談の1つです。
今回は、実際に存在する日本の文化から、この怪談を探っていきましょう。
「海からやってくるモノ」とは
「海からやってくるモノ」は、2005年にインターネット掲示板の2chに投稿された怪談です。
洒落怖(死ぬほど洒落にならない怖い話を集めてみない?)の中で比較的短いものの、「意味の分からない怖さ」は存分に感じられます。
以下が簡単なあらすじです。
学生時代の「オレ」が、真冬に友達と、その愛犬と共に旅行に出かけた。道中、海辺の寒村に差し掛かったころ、ガソリンが底をつきそうになってしまった。
その集落でガソリンスタンドを尋ねるものの、休みとのことで取り合ってもらえない。村中を見まわしてみると、ガソリンスタンドだけでなく、お店や民家も戸口を閉ざしていた。そして、一様に軒先に籠やザルをぶら下げている。
「オレ」と友達はあきらめて、小さな神社の前に車を停め、夜を明かすことにした。
その夜、犬の唸り声で目を覚ました「オレ」は、強烈な生臭い臭いと共に、海から這い出している不気味なモノを目にするのだった
海に関する「忌」文化
「海からやってくるモノ」を理解しようとすれば、必要になるのが、日本に伝わる海に関する「忌」の文化です。分かりやすく言えば、「縁起が悪いから避ける」という文化ですね。
ここからは、直接的に関係していそうなものと、間接的に関わりがありそうなものの2つを取り上げていきます。
伊豆七島 海難法師(日忌様)の伝説
伊豆半島の南側、太平洋に浮かぶ伊豆七島に、「海難法師(かいなんほうし)」という伝説があります。この伝説は「海からやってくるモノ」の形にかなり近く、近い種類の怪談として考えられます。
海難法師とは、江戸時代に島民に(結果的に)殺されてしまった悪代官の幽霊を指します。あまりに島民を苦しめたため、時化の日に島めぐりをすることになって波にのまれたのです。それ以来、毎年1月24日になると、悪代官の幽霊が島を巡るようになりました。
また、以下のような話型もあります。
25人の若者が、悪代官を(直接的な形で)殺し、神社に生えていた大きな杉の木で作った船で島を脱出しました。しかし、災いを恐れた島民たちは、誰も匿ってくれません。25人の若者は、結局大時化の海で行方不明になってしまいました。そして、彼らの幽霊が1月24日に帰ってくるのです。
伊豆七島では、1月24日は家にこもる日とされています。そして、家の戸口には籠を被せ、雨戸に柊など香りの強い葉を指しました。柊は古来より、魔除けとして珍重されてきた植物です。
この風習は、「海からやってくるモノ」の描写と非常に似ていますよね。ただし、怪談内で語られる怪異はかなり大きいようなので、幽霊の集合体だと考えると不気味さが増します。
お盆には海に入ってはいけない
時期が少し異なりますが、日本には「お盆の時期には海に入ってはいけない」という風習があります。この風習の背景には、お盆の時期になるとクラゲが出る、という実質的な理由と共に、「お盆」という時期に関わるものがあります。
お盆とは、地獄の釜が開く時期。つまり、死者が現世へと帰ってくる日です。そして、現世に帰ってくる霊が、みな善良という訳ではありません。そのため、死者の霊に引きずり込まれないよう、海を避けるのです。
実際、筆者は海辺の生まれですが、お盆には海に入らないように言い聞かされていました。またそれと同時に、お盆にはご先祖様を海へと迎えにいく風習もありました。
海は山と並ぶ、異界への入口です。異界とはつまり、「あの世」を指します。
「海からやってくるモノ」もまた、異界から姿を現した存在なのかもしれません。
「インスマウスの影」との類似性
文化や風習などとは異なりますが、「海からやってくるモノ」を読んでいると、どことなく似たものを感じる小説をご紹介しましょう。そのタイトルは、「インマウスの影」です(「インスマスを覆う影」とも)。
「インスマウスの影」は、アメリカの怪奇作家であるH・P・ラヴクラフトが書いた短編小説です。ラヴクラフトとその友人が作り上げた創作神話・クトゥルフ神話に関連する1作で、あらゆる創作物のテーマに使われるなど高い人気を誇っています。
本作の舞台は、魚臭さが漂うさびれた漁村・インスマウス。そこに住む人々は、どこか魚類のような見た目をしていることが特徴で、中には二目とみられない容姿に変貌している人もいるとされています。
主人公はそんなインスマウスに興味を惹かれ、単独で村を訪れることになります。そして、村の歴史などを探っていくうちに、恐ろしい物事に巻き込まれ、やがては自分の先祖の秘密が……。というのが大まかなあらすじです。
「海からやってくるモノ」が本作を踏襲している、という訳ではないでしょう。しかし、小さくさびれた不思議な風習を持つ寒村や、魚臭さや生臭さを強烈に感じる舞台設定に近しいものを感じます。
「インスマウスの影」では、海の中に潜む人間を超越した存在が登場します。
では、「海からやってくるモノ」とは、一体何なのでしょうか?
分かるようで分からない、不気味極まりない怪談
怪談「海からやってくるモノ」について、実際の文化から探ってきました。
怪談内では、怪異の姿はそれなりに明確に描かれているものの、その正体や村の風習について、詳しいことには何も触れられていません。文化をふまえた上で考えても、「分かるようで分からない」のです。
人間はよく分からないものや理解できないものに対し、恐怖感や嫌悪感を覚えることがあります。
それが原因なのでしょう。「海からやってくるモノ」もまた、不気味極まりない怪談になっているのです。
※画像はイメージです。
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