ほんとうにあった?「源平討魔伝」の怖い話

(C) 1986 源平討魔伝 NAMCO
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「源平討魔伝」はご存知でしょうか?
ナムコ(現在のバンダイナムコ)で開発され、昭和61年(1986年)10月に稼働したアーケードゲームです。

鎌倉時代の日本が舞台で源平合戦を題材にした浄瑠璃の「出世景清」がテーマにした、横スクロールと見下ろし型の2種類の画面構成の美しいグラフィックとサウンドで、独特な世界観を演出する80年代ナムコを代表するアーケードゲームです。

ストーリー

魔族の力を持って日本を統治した源頼朝を天帝の命によって討ち取るため、プレーヤーは「平景清」を操作し、黄泉の国から蘇り、弁慶や義経、耳なし芳一などの源氏に馴染み深い?敵と戦い、三種の神器を手に入れ、頼朝が待つ鎌倉に向かうというストーリーとなります。

ここでお気づきの方も多いかとおもうのですが、有名なところで「平将門の首塚」など、現在に至っても関わると祟りがあると言われ、平家に触れるものは不幸になるとさえ言われている、「平氏と源氏」をモチーフにしています。

(C) 1986 源平討魔伝 NAMCO

怨念?

当時ゲームの制作中に、プログラマーが箱根でバイクで転倒、企画の方が環8の墓地跡でバイクで転倒、サウンドクリエイターがマイカーが交差点で信号無視のクルマにつっこまれる、グラフィックデザイナーが自転車の前輪がはずれて顔面強打、プロモビデオ撮影後に足の小指が腫れて手術などなど・・・それ以外にも公表できないトラブルもあり、スタッフのほぼ全員に起きて御祓いした程だったそうです。

そして都市伝説として、エンディングメッセージの後に表示される「故深谷正一氏にささぐ。」の一文が表示されたのが原因で、ナムコの天才プログラマー「深谷正一」氏が制作中に怨念によって亡くなったと噂されます。

確かに深谷正一氏は肝臓破裂によって急死されてしまうのですが、1985年に亡くなっておりますので時系列にも一致せず、実質「源平討魔伝」と関わった記録もなく、後年には当時開発に関わっていたプログラマー遠藤雅伸氏によって雑誌社のうっかりによるデマであることが公表されています。

この一文は、神にも近いほどの天才プログラマーとしてナムコ社内で人望も厚く崇敬されていた、「深谷正一」氏を追悼するという気持ちが込められてメッセージで、その後の作品、「モトス」「イシターの復活」「ドラゴンスピリット」にも同様に追悼メッセージがあり、いかに当時のナムコ開発陣に慕われたかを物語っています。

(C) 1986 源平討魔伝 NAMCO

「源平討魔伝」の不思議な話

私が「源平討魔伝」をプレーしている時に起きた不可思議な体験談をお話いたします。

高校生の時、実家は東京ですが湘南方面にあった学校に通っていましたので、次第に湘南近辺の友人が多くなっていきました。
中でもクラスメートのF君は、私同様のゲームフリークでとても気が合い、よくつるんでゲーセンにいったものです。

もっぱらのいきつけは駅からわりあい近い位置にあり、ヤル気のあるようでないような気さくな地元のオッサンが経営していて、1プレー50円からとリーズナブルな価格設定とゲーム好きな方はなら解る特有の雰囲気の居心地の良さがあって、放課後によく通っていました。

(C) 1986 源平討魔伝 NAMCO

そして何がおきたか?

事件が起きたのは、初夏を思わせる5月のある日の夜。
リリースからだいぶ遅れて、行きつけのゲーセンにもようやく「源平討魔伝」が入荷しました。

早速「源平討魔伝」をプレーしようとF君がプレーを始めて、それを私が見ていました。
リリースされてだいぶ経っているので、F君はそうとうやりこんでいるのでクリアは余裕です。

摂津で「八坂瓊勾玉」をゲットし、京都を抜けて、越前で「八咒鏡」をゲットし、隠し鳥居で越中の駄洒落の国を抜け、信濃のヤマタノオロチを倒し「草薙剣 」をゲットし、武蔵から相模に進み弁慶と義経を倒し順調にプレーを進め、ついに鎌倉のステージが開始されGBMが流れ始めた瞬間。

(C) 1986 源平討魔伝 NAMCO

突然の高周波のようなキーンという音と共にゲーセンの全てのゲームの電源が落ちました。
ブレーカーが落ちたのだろうとオーナーのオッサンが真っ暗な店を手探りで懐中電灯を探しながら店の裏手に向かいます。

私たちはなす術もなく、唖然として真っ暗になった画面を見つめているとき・・・
突然「安駄婆」が表示され、あの「ひやっひやっひやっひやっひやっ」と甲高い笑い声が大音量でゲーセン中にとどろき、その場に居合わせた、常連で話したことはないけど顔見知りの数人が一斉に顔を見合わせます。全員がギョッとした顔つきでした。

(C) 1986 源平討魔伝 NAMCO

しばらくすると電源が回復しますが奥から、オッサンが「ブレーカー落ちてなかったけど、なおったの?」と話しながら、不思議そうな顔つきで現れます。
その一言を聞いて、私たちも不気味な面持ちでゲームの画面をもう一度みると、チェックサムが走ったあと、何もなかったようにデモ画面が表示されていました。

そして・・・・

あまりの不可思議な出来事なので、その日は店を閉めるという事になりお開きとなりました。
のちのちのオッサンの話では、設備業者に電源系のチェックをしてもらったけども、なにも問題は無く原因は全くの不明。

しかしよくよく考えると、F君は鎌倉近辺に住む、縁のある一族の末裔で彼の名字は、詳しくは語れませんがもろにそのものです。
そしてゲーセンは、怨念深い土地にあった事をあとから知るのでした。


Writing by 湘南のゲーム好き
edited by サバミリ管理人