今なお生き続ける、M資金の亡霊

敗戦日本の連合軍占領に絡んだM資金、今もなお信じる人がいます。

M資金詐欺

2017年、年間売り上げ2300億円超、総店舗数2600余店、グループ会社40社、従業員数約2500名という国内最大手のある会社の、実質創業者の敏腕会長が30億円以上の詐欺被害に遭いました。
いわゆるM資金を財源にした基幹産業育成資金から2800億円を提供できるとし、そのための交渉費や倉庫代などの必要経費の名目で30億円を騙し取られた事件です。

終戦後から始まったM資金詐欺は、70年全日空、75年東急電鉄、79年丸善石油など大会社を含め、数限りなく行われ続けています。
M資金を騙る詐欺師は、一説には17万人もいたと謂われています。

M資金とは

日本敗戦時、日本軍の膨大な隠し資産がGHQの秘密管理下におかれ、機密費や極秘の特別復興資金の原資になった、と説明されるのがM資金です。

GHQ科学経済局長・マーカット少将が直接関与したので、M資金と呼ばれたとされています。
極秘の裏資金ということで当然その真偽は謎のままです。

国家資産財産の横領

日本降伏時の武装解除は、占領軍の極度の不安をよそに順調に実施されました。
しかし旧軍が保持保管していた軍需物資に関しては、そうは行きませんでした。

ポツダム宣言受諾の玉音放送があった1945年8月15日から、連合軍進駐が始まる同年9月2日までの間、日本全土にあった旧軍各基地や工廠の多くで、油・食料・被服・各種生産材料など軍の膨大な物資が、一部の旧軍人によって密かに違法に運び出されました。

また旧軍が組織的に占領前の処分通達を発令ており、例えば国内にある七か所の造兵廠の一つ大阪造兵廠では、ダイヤモンド600カラット、金延べ棒36本、銀20t、銑鉄35000t、コークス14000tなど、そこにある筈の20種類以上の大量の物資が全て消えて無くなっていたことが、GHQと政府による後の調査で判明しています。

そればかりか、日本が独立を回復した1952年には、GHQ接収時に日本銀行本店金庫にあった3600億円のダイヤが、GHQ撤収後1/5しか残っていませんでした。

M資金詐欺の背景

敗戦後の国内では事程左様に公的物資の横領が横行しました。
現場での目撃談も数多く、公的機関の調査による、物資隠匿に関わった財界人のリストも実在しました。
そんな無数の事実がある中で、国家レベルの巨額な資産の行方を巡って、憶測が飛び交うのは自然の成り行きです。

そのタイミングで「実はM資金という隠れ資産が・・」という話を持ちかけられると、「やっぱりそうなのか」と納得していまうのは、無理の無いことなのです。
現在に至っても解明されることのない、大量の隠匿物資の行方。
M資金の亡霊はこれからも現れるでしょう。

歴史大好きジイサンです。
徳川埋蔵金、ナチス隠し財宝など、歴史の節目に登場するお宝の話はたくさんあります。

※画像はイメージです。

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