お爺ちゃんの後頭部に残った傷

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幼稚園か小学校低学年の思い出なので記憶は曖昧ですが、お爺ちゃんの家で、コタツで温まっていたお爺ちゃんにオンブをしてもらった時に、後頭部辺りに古傷のようなモノが目に入り、お爺ちゃんケガしちゃってるの?と聞いた時の話になります・・・

傷の訳

「これかぁ、これはな手榴弾を喰らってできた傷なんだよ。」
手榴弾と聞いても、子供だった私はいまいち分かっていない様子を見たお爺ちゃんは、爆弾みたいなもんだよと説明をしてくれて、爆発する何かなんだと理解しました。

「お前は、第二次世界大戦は知ってるか?」
何度か話やテレビなので聞いたことがあったので、知っていると答えました。

「あれでな、お爺ちゃんは中国に戦争に行かされたんだよ。それで中国に着いてすぐに手榴弾にやられて、そのまま捕まったんだよ。」

捕まる=牢屋と、単純な思考だった当時の私は、お爺ちゃんは牢屋に入っていたの?と聞いていました。
「少し牢屋に入ったけどな・・・爺ちゃんジープの運転が上手かったから、中国軍の偉い人の運転手を戦争中ずっとしてた。」

豪快なおじいちゃん

その後に、あまり深く考えずに戦争は怖かったのかお爺ちゃんに聞いていました。

「手榴弾の時は怖かったけどな。戦う前にやられて捕虜だったから、誰とも戦わずに済んだし、戦争中ずっと運転手してたから全然怖くなかったな。死ななくて済んだしな。だから手榴弾喰らって良かったんだよ。ガハハハッ!」

何で爆弾でやられて良かったのか、幼い私は分かりませんでしたが、お爺ちゃんが死んでないのは良かったので、なんとなく納得していました。

もう一つの秘密

「よし、良いもの見せてやろう!外の物置に行くぞ!」
お爺ちゃんについていくと、庭の物置から油紙に包まれた何かを持って出てきました。

どうやらウチのお爺ちゃんは、戦争が終わった際に返さなくてはいけない拳銃を返さずに、こっそり物置に隠し持っていたようです。

油紙にくるんだだけで、外の木製の物置に長い年月置きっぱなしだったので、開けてみると、何だかわからない錆びだらけの塊でした・・・

その後しばらくして、お爺ちゃんは拳銃だった物をゴミ出しの日に捨ててしまったそうです。


Writing by おきゃる
もしも遺品で戦争時の拳銃や刀が出てきた場合は、お近くの警察にご相談ください。

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1 個のコメント

  • 初めまして、おきゃるさん。
    こちらで『本音・・・ある特攻隊員の話』を寄稿させて頂いている、MKです。

    お話、大変興味深く読ませて頂きました。
    日本軍でも、運転出来る者が兵士の中ですら少なかったから、
    捕虜に運転させていたとの話を荒俣宏の本で見た事があります。
    更に機械化が遅れていた中国軍では、尚の事、
    敵兵の力でも借りないといけなかったのでしょうね。

    お祖父さんの豪快さに感服しました。
    真珠湾攻撃時に太平洋戦争捕虜第1号になったけど、
    「虜囚の辱め、なんて考えるな」と、他の捕虜を励まし続けた、
    酒巻少尉の話を思い出します。

    そういった遺品の話、よく聞きますね。
    警察署まで持っていったら、自分が銃刀法違反になってしまうから、
    書へ電話して、「こんなの出て来たから取りに来て―」と言わないとダメだとかw。

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