祖母の戦争話「おじいちゃんの戦争体験」

語り継ぐ

祖母の戦争経験。終戦の日に祖母から聞いた話です。

戦争終戦がすぐのとき、祖母は農業をやっていました。駅の見えるところに田んぼと畑があって、祖父が戦争でいったりきたりしている間、祖母はちょうど小学生だった父と毎日畑と田んぼの世話をしていたそうです。

そのときは既に日本は敗戦の色が濃くなっていて、新聞も南の海で玉砕とか記事があると祖母は心を痛めていたようです。

幸い、祖父はもともとバスの運転手で、エンジンの修理ができたのと、車の運転の最中に左足を痛めているので戦地に出ることもなく、自宅から遠方のあっちの工場、こっちの工場を転々とさせられていたようでした。

あるとき祖父のいた工場は空襲にあいました。
祖父はちょうど宿舎にいたので火事になる前に逃げ出して、なんとか命からがら助かったのですが、祖父は自分の工場が全焼し工場の上役が死んだことから、しかたがないので一度家に戻る事になりました。

その時、列車はもう乗れない状態で、船の修理を手伝ったことがあるおかげで船で帰る事になったそうです。 そして、朝はやくに港を出発するのですが、日本の近くには潜水艦がいるかもしれないって事で、潜水艦が潜っていられない海岸ぎりぎりを、海岸線にそって家の方まで進んでいたそうです。

家の近所の港まできた時、いきなり上の方に飛行機が見えたと思ったら、いきなり急降下してきて、「バババ」と機銃を打ち込んできたそうです。
幸い機銃は当たることなく、そのまま飛行機はあっちの方向に飛んでいきましたが、怖くて、しばらくその場で岩陰に船をかくれていたそうです。

それからしばらくして日本は敗戦。祖父は家で家族で終戦を迎えたとの事。
祖母は、「おじーちゃんはあの時のことをよく、手をひろげて飛ぶ真似をしながら話していた」といっていました。


Writing by 哲夫
神奈川県出身。先月車を買って、毎日乗り回しています