戦時中に蔵を焼かれたおばあちゃんの話

語り継ぐ

この話はおばあちゃんに聞いた話で、戦時中の話を生々しく聞いた。
いまではちょっと考えられない話だが、東京で空襲があったときのことをおばあちゃんが話してくれた。

すごい音が空から鳴り響いて、地面に落ちてくる爆発物の爆発音の凄まじさを聞いた。
そのとき自分がどのような体勢でいれば、よいのかといったことなどを教えてもらった。

具体的には耳をふさいで伏せるということなのだが、実体験をしていないものにしては、その恐怖感や、空から爆弾が降ってくる様子などは、到底信じらないことばかりである。
もし現代でそんなことが起きるような状態だったとすれば、僕は到底生きてはいけないな・・・と思った。

おばあちゃんは96才で亡くなったので、今は戦争の話は聞けないのだが、存命していた当時話してくれたのは、自分の家がかなり立派なお屋敷で蔵もあったけど、戦火で燃えてしまったというものである。
僕にとっては、それは、非常にもったいないことだなと思いましたが、日常茶飯事に空襲警報が流れて町が破壊され、人が死んでいったことを語ってくれたのである。

現代にしてみれば、当時の状況を歴史としてしか中々頭に入れることができないが、体験者にしかその悲惨さ、恐怖感が分からないなと感じた。

作者 不明 [Public domain], ウィキメディア・コモンズ

空襲で焼け野原になってしまったこと、集団自殺してしまった人たちのことなど。
終戦記念日にニュースでもよく取り上げられるが、戦後70年以上がたって、戦争の恐ろしさを知っている人達が寿命で減っていってしまい。

その恐怖感や絶望感を知らない世代が今は沢山いるということだと思う。

もし仮に今後日本が戦争に参戦するようなことがある場合は、おばあちゃんが語っていた戦争よりも、さらに悲劇的になるということは分かっている。

つまり核戦争のことだ。

原爆が投下されたのは日本だけだが、人間が一瞬で死んでしまう状況が普通という異常さは、とても恐ろしいものだと思うし、一人の力では何もできないと思う。

だかたらこそ、今のインターネット・グローバル時代にあって、いかに戦争を起こさないようにするのか。
紛争地域を減らすのか。
また核を減らしていくのかといった課題を、今の労働人口の人々それぞれが意識するべきだと思う。幸いにも戦中に亡くならなかったおばあちゃんのおかけで、今の自分が存在している。

それをしっかりと心に刻んでいきたい。


Writing by Eg
某大学卒業後に卒業後出版社などで働く。

icon image: 作者 US Army Air Forces (Library of Congress) [Public domain], ウィキメディア・コモンズ