スカッドミサイルを探せ!湾岸戦争のSAS

湾岸戦争において米英の特殊部隊はイラクの砂漠である任務を行っていました。
それがイラク軍が持つ短距離弾道ミサイルのスカッドを発見し破壊する任務です。
敵地での危険な任務はどのように遂行されたのでしょうか?

イラク軍のスカッドミサイル

1990年のイラク軍によるクウェート侵攻で勃発した湾岸戦争
イラクに対抗するとしてアメリカ軍を中心とした多国籍軍が結成されサウジアラビアに駐留します。
SASも3個中隊に予備役の1個中隊を展開させ総力戦のような態勢で臨みます。

SASは当初、イラクで拘束されているイギリス人を救出する作戦の計画がありましたが拘束されいる人達が分散している為に成功の可能性が低く実行されませんでした。

イラクがクウェートから軍を撤退をさせない事から多国籍軍は「砂漠の嵐作戦」を発動して1991年1月17日に攻撃を開始します。
イラクは報復としてソ連製の短距離弾道ミサイルのスカッドやスカッドの改良型であるアル・フセインをイスラエルとサウジアラビアに向けて発射します。

イスラエルを参戦させてアラブ諸国も加わる多国籍軍を乱れさせるのがイラクの狙いです。
多国籍軍はイラクの企みを防ぐためにスカッドミサイルを発射するTEL(移動式発射台)を探し破壊する必要がありました。
このスカッドミサイルを破壊する任務がSASに与えられました。

砂漠のスカッド狩り

スカッドミサイルの捜索は米特殊部隊のデルタフォースと共同で行われたが、イギリスの特殊部隊SASがイラク各地の多くの地域を担当した。
移動には多くが四輪駆動車のランドローバーやバイクなど車輌を使用した。ヘリよりも車輌を選んだのは重装備を積みながら移動できる点と、何処に隠れて移動しているか分からないTELの捜索や追跡を広範囲で行えるからです。

こうして出動したSASはスカッドのTELを発見すると空爆を誘導して成果を挙げます。
他にもイラク軍のレーダー基地を攻撃して破壊する戦果も挙げます。
しかし、危険な状況に遭ったチームもありました。
ブラボー・ツー・ゼロと呼ばれる8人のチームはヘリでイラクに侵入します。

無線が通じないトラブルをはじめ、敵と遭遇して戦闘になり状況が不利であると悟ると120km先にあるシリアとの国境へ向けて歩いて撤退します。
しかし低体温症とケガにも見舞われたチームは3人が死亡し、4人がイラク軍の捕虜となり、1人がシリアの国境に到達しました。
この出来事は本になり、映画作品にもなりました。

ブラボー・ツー・ゼロの悲劇もある一方でSASのあるチームはヘリで着陸した地点が隠れる場所が無い地域だと判明するとすぐに撤収する判断を下しました。
これは乗って来たヘリを待たせて再度乗り込み、または車輌で走りながら決断して引き返しています。

「危険を冒す者が勝利する」をモットーにするSASですが、無暗に危険へ突き進む訳でない賢明な行動もしていたのです。

 


葛城マサカズ
葛城マサカズ
ミリタリーの記事と架空戦記小説をネット上で書いています。

投降している架空戦記小説「日独印度大戦」
憲兵が主人公の小説「憲兵神楽坂冴子の事件簿」
Twitter:@katuragimasaku

※アイキャッチ画像はイメージです。

最新情報をチェックしよう!