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沖縄の歴史は繰り返す

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琉球王国という独立国家だった沖縄の帰属をめぐって、100年以上前に日本と中国が争いました。
まるで今の尖閣列島のように。

目次

琉球王国

今の沖縄に統一王国の琉球王国が成立したのは西暦1429年です。
琉球はその地の利を活かし、東南アジアから中国、朝鮮、日本を結んだ貿易を盛んに行っていました。
特に中国の王朝とは、かの国を宗主国として琉球王国が認められる冊封関係にありました。

江戸時代初期、琉球の交易による利益に目を付けた薩摩・島津は、武力によって琉球をその勢力下に置きます。
しかし王国自体が解体されたわけではなく、 一方で宗主国・清朝への朝貢は依然継続したままの日中両属が、江戸期にわたって続きました。

琉球併合(処分)

明治新体制が成った日本政府は廃藩置県を断行します。琉球は翌年に琉球藩となり国王は藩主となりました。

これは取りも直さず琉球が独立王国ではなくなり、日本の一地方に組み入れられたということです。
従って、それまでの中国王朝・清の冊封体制からの離脱を強いられることを意味します。

琉球王と王朝の人々は言を左右にして粘り強くこの処置に抵抗しますが、 業を煮やした明治政府の警官160余名、熊本鎮台分遣隊などの武力を伴った実力行使の末に併合が完成されました。

清の動き

日本政府のこの処分に対し、琉球側から清への働きかけもあって、清は琉球における宗主権を主張。
日清両国間の深刻な外交問題となっていきました。

日本政府は、琉球漁民が台湾で殺害されたことへの対抗措置としての台湾出兵など、琉球の日本専属帰属を強行に主張します。
そして日清戦争での日本勝利によって、琉球問題は完全な日本帰属の形で終結します。

尖閣列島問題

現在、沖縄県尖閣列島において、 中国が艦艇派遣など実力行使を伴う相当強引な行動によりその帰属を主張しています。
中国は近年爆発的な経済発展で国力を増しており、それは明治維新後の日本と酷似しています。

明治日本は、急速に伸びる国力を背景に琉球を清から奪い取りました。
そして今、巨大化する中国が、規模の違いこそあれ日本の領土を蹂躙しようとしているのは逆方向ではあるものの、正に歴史は繰り返しているようです。

歴史大好きじいさんです。
歴史は繰り返す、とは古代ローマの歴史家が残した言葉です。

※画像はイメージです。

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