「昔、夕方のテレビで観た記憶は残っているけど、どんな番組だったのか具体的な情報が分からない」。
こうした『女優霊』(1996)のストーリーに似た実体験は多かれ少なかれ、テレビ放送に親しんできた世代は共通して経験している。『女優霊』の監督がデビューしたテレビドラマもまた、放送当時から現在にいたるまで、同じような経験を視聴者に与えつづけている節がある。
フジテレビ系列の長寿シリーズ『ほんとにあった怖い話』が1999年の2時間ドラマ枠を経て、稲垣吾郎がホストを務める正式なレギュラー番組となったのは2004年。2024年にも放送されるならば、レギュラー放送の開始から20年を迎えることとなる。オリジナルビデオ版『ほんとにあった怖い話』から発展した通称『ほん怖』だが、もうひとつの『本当にあった怖い話』が過去に放送されていた事実は、ホラーファンを除けばあまり知られていない。
「愛川欽也の本当にあった怖い話」
私の手元には1冊の文庫本がある。タイトルは『ミステリー体験ゾーン 本当にあった怖い話 第1集』。編者はテレビ朝日。版元は二見書房。奥付に目を通すと(本書は1992年8月、小社より刊行されました)と記述されている。テレビ朝日系列にて、1992年4月から9月まで放送された同名の番組に「投稿された」、視聴者の心霊体験を纏めたのが本書である。
『ミステリー体験ゾーン 本当にあった怖い話』のコンセプトとは、番組視聴者から寄せられた心霊体験をもとにドラマを創作、ドラマパートでは著名なキャストを起用して、大映や日活など映画製作会社が映像化するというもの。つまり吾郎ちゃんの『ほん怖』と殆ど同じである。番組ホストは愛川欽也。構成作家は小山薫堂。
この番組で特筆すべきなのが、92年6月22日に放送された『幽霊の棲む旅館』の監督は中田秀夫、脚色は高橋洋が務めていることだ。『女優霊』(1996)と『リング』(1998)で共同作業を務めた両者にとって最初の仕事であるばかりでなく、長らく日活の助監督であった中田秀夫が監督として世に出た最初のタイトルでもある。撮影を担当した浜田毅は、近年でも北野武『首』(2023)の撮影監督を務めている実力派。
そんな『幽霊の棲む旅館』は80年代から始まったジャパニーズ・ホラーの歴史にとって発火点の一つなのだが、現状ではドラマそのものが幽霊のような存在となっている。私は最近まで、『幽霊の棲む旅館』を視聴することが叶わなかった。何故か?現在では公的な視聴が困難なのである。
幻のようにテレビに現れては消える「幽霊の棲む旅館」
テレビ放送の研究家によると、月曜のゴールデンタイムで放送された『ミステリー体験ゾーン 本当にあった怖い話』は視聴率で苦戦を強いられたという。裏番組は日本テレビ系列『世界まる見え!テレビ特捜部』や、フジテレビ系列『志村けんのだいじょうぶだぁ』。90年代前半の民放テレビ各局では、それぞれ強力なバラエティ番組がしのぎを削っていた。その最中にあって志村けん、ビートたけしの番組を相手に対抗するのは容易でなかったことは想像がつく。そうして92年9月、『ミステリー体験ゾーン 本当にあった怖い話』の放送は終了した。
先述したように、『ミステリー体験ゾーン 本当にあった怖い話』のドラマパートは映画会社が制作した事情が絡んでいるためか、テレビ放送系列ではない地方局でも繰り返し再放送されてきた。92年9月30日には早くも、ABS秋田放送が夕方16時から『幽霊の棲む旅館』の放送回が再放送された。近年ではテレビ神奈川が2021年6月29日の19時に再放送している。ほかにファミリー劇場といったCS放送でも再放送されてきた。
『ミステリー体験ゾーン 本当にあった怖い話』が再放送されてきたことは喜ばしいが、いかんせん、いつ再放送されるのか視聴者には見当がつかない。それに『幽霊の棲む旅館』→『女優霊』→『リング』の順に視聴して内容を検証したい物好きにとって、その気になれば何時でも再視聴が出来る状態が欲しい。では、ソフト化や配信の状況はどうなっているのか。
『リング』が大ブレイクしている真最中の1999年。『ミステリー体験ゾーン 本当にあった怖い話』はポニーキャニオンから、『リング』の監督・脚本家コンビ(中田秀夫×高橋洋)が関わったエピソードのみピックアップしたVHSが、『本当にあった怖い話 呪死霊』のタイトルによりリリース。以降、2004年には『ミステリー体験ゾーン 本当にあった怖い話』全19回を収録したDVDがリリース。それ以降は時折、ケーブルテレビや地方局で再放送された機会はあるものの、ソフト化や配信が行われた形跡は現在までのところ、ない。最後のソフト化から、今年で20年が経過したままだ。
再放送の機会だけは時たま訪れる
他の有名タイトルであれば、VHS~DVD~配信へとメディア媒体が移り変わっても、継続して再視聴が可能になる。だがオリジナルビデオでリリースされたタイトルや、民放テレビで一度きり放送されたタイトルであれば、歴史的な重要性はどうあれ視聴が困難となるケースは少なくない。
ソフト化されたのは20年も昔。配信はされていない。だが再放送の機会だけは、時たま訪れる。
こうしてジャパニーズ・ホラーの発火点のひとつ、『幽霊の棲む旅館』は視聴者の前にランダムで姿を現すといった事態が起きる。人によっては「昔、夕方のテレビで観た記憶は残っているけど、何のドラマや番組だったのか分からない」という、『女優霊』のストーリーめいた視聴体験を、今もなお視聴者にもたらしている可能性はある。しかし、このような状態が何時までも続いて良い筈がなかろう。
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