歴史の証人!市ヶ谷記念館

今に残る建造物には、歴史上の出来事の舞台になったものがたくさんあります。
防衛省・市ヶ谷記念館は、その建物自体が歴史です。

市ヶ谷記念館

日本国防衛の中枢、防衛省市ヶ谷地区。
その中に一般人の見学ができる建物があり、それが市ヶ谷記念館です。

その建物は1937年(昭和12年)帝国陸軍士官学校本部・1号館として建てられ、陸軍省が使用していたこともあります。
太平洋戦争後、米軍に接収され、返還後、陸上自衛隊東部方面総監部、陸海空各自衛隊の幹部学校として使われました。

1998年(平成10年)1号館建物の一部を移転保存して市ヶ谷記念館が完成しました。

極東国際軍事裁判

記念館に残る旧1号館大講堂は、敗戦後に開かれた極東国際軍事裁判の法廷として使用されました。
被告として出廷した東条英機などの、裁判中の様子が映し出される、歴史ドキュメンタリー映像の現場がこの大講堂なのです。

三島由紀夫割腹事件

この建物を日本国民に最も知らしめたのは、ノーベル賞候補になったほどの日本文学作家の一人、三島由紀夫でした。

1970年(昭和45年)11月、彼は市ヶ谷のある建物を占拠し、自衛隊の独立独歩を訴える演説を行いました。
彼の結成した組織「楯の会」の軍服式制服を身にまとった三島が、バルコニーのような場所で己が主張を高らかに叫ぶ様子を、テレビ映像で多くの国民が観ることになりました。

そのバルコニーとは占拠した1号館の正面玄関屋根で、現在の記念館玄関そのものなのです。
その直後、三島は旧陸軍大臣室だった部屋で、衝撃の割腹自殺を遂げました。

市ヶ谷台ツアー

防衛省では、市ヶ谷記念館を中心とする一般市民向けツアーを常設しています。
極東軍事裁判の法廷だった大講堂や三島由紀夫が割腹した元大臣室、また元大本営地下豪跡など、生々しい歴史の痕跡に触れることができます。

見学は予約必須で、自衛隊施設内なので種々制約がありますので、直接問い合わせが必要です。

市ヶ谷記念館は最初は解体予定でしたが、しかしたくさんの有志の尽力で現在の建物が保存されことになりました。
歴史の証人であるこの建物を残してくれた人々に感謝します。

歴史大好きじいさんです。
今に残る建造物には、歴史上の出来事の舞台になったものがたくさんあります。

参照
防衛省「市ヶ谷記念館」を考える会HP
LINEトラベルHP 市ヶ谷・防衛省探訪

eyecatch source:English: Odoru Haniwa日本語: 踊る埴輪, Public domain, via Wikimedia Commons

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