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32分間、死へのフライト JAL123便墜落事故 解説編

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1969年、華々しく初飛行を飾ったボーイング747、愛称ジャンボジェット。
従来のジェット機の2倍以上の乗客を乗せ、安全性にも優れた機体であるとされ、まさに飛行機大量輸送時代到来を告げる巨鳥であった。

しかし1985年に、ジャンボジェット安全神話を打ち砕く未曾有の大事故が発生。
1985年8月12日 18:56頃、群馬県多野郡上野村の山中(御巣鷹の尾根)へ、飛行中の旅客機が墜落した。
JAL(日本航空 以下略)123便墜落事故・・・数多の人々の命を奪い、飛行機への信頼を大きく揺るがした、この事故は一体どういったことなのだろうか。

目次

ジャンボジェットに起きた悲劇

事故当日は折しもお盆休みの帰省ラッシュ、加えて夕方のラッシュ時間のフライトでもあったため、帰省や行楽目的の家族、ビジネスマンなど多くの乗客が搭乗していた。
日没直前、ほぼ満席の乗客、救助が難しい山間への墜落など、数多の要因が絡み合い、未曾有の大惨事となってしまった。

2022年7月現在においても、航空機の単独機事故として、世界で最も死者数が多かった飛行機事故となっている。
搭乗者合計524人のうち、乗員15人、乗客509人が死亡、生存者はたったの4人。

墜落事故詳細

事故後にコクピットボイスレコーダー (以下 CVR)回収。
そこに残されていたのは、衝撃音発生(18時24分12秒)から、墜落時のものと推測される衝撃音(18時56分28秒)、32分16秒間の音声が記録されていた。
事故調査報告書内で文面として発表されたが、なぜかCVRの音声そのものについては公式に発表されなかった。
CVR公開を望む声が多くあがる中、匿名の関係者により、内容が記録されたカセットテープがマスコミに流出。

地上にいる東京航空交通管制部(以下東京ACC)、羽田空港進入管制部(以下東京APC)、無線交信記録、CVRに記録された音声や事故調査報告書を元に事故の経過を追っていきたい。
(記載する交信内容はCVRに残された交信のすべてではなく、発言内容についても一部省力、わかりやすく変えている箇所があることを予めご承知おきいただきたい。)

事故当日のJAL123便

8月12日18:12、JAL123は509人の乗客を乗せ羽田空港を出発し、18:56に大阪・伊丹空港に到着予定であった。
東京での観光や行楽を楽しみ関西方面に戻る者、大阪への旅行に胸躍らせる者、お盆休みを利用して父や母、祖父母の待つ家に向かう者、東京での仕事を終え自宅に戻る者、次の仕事へと忙しく飛行機に乗り込んだ者・・・満員状態の機内には様々な思いを抱いた人々で混みあっていた。

乗客達を迎えたのは12人の客室乗務員。
チーフパーサーを除く11人全てが20代から30代の女性で、中にはJALに入社し1年と少しという客室乗務員もいた。

コクピット内には機長、副操縦士、航空機関士の3人が乗務し、機長席には機長昇格訓練のため副操縦士が座っており、事故時の操縦も副操縦士が担っていた。
衝撃音の後、主な操縦を副操縦士、操縦の指示や補佐を機長、計器類の確認を航空機関士、外部との連絡を機長と航空機関士が担っていたと思われる。

■ 事故機のJA8119(1984年4月16日撮影)
Kjell Nilsson, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

異常発生

18:24(35秒頃)
巡航高度 24,000フィート(約7,300m)へ上昇している最中、「ドーン」と衝撃音が伊豆半島南部上空辺りで発生。
客室高度警報音(客室内の圧力が急激に低下すると注意喚起のために鳴る警報)と思われる警告音が、1秒間に3回ほど鳴り響く。

「なんか爆発したぞ」と機長が発言、機体の点検を指示した。
点検が行われ、4つのエンジンやランディングギア(航空機の脚、車輪)などに異常は見つからなかった。

18:24(42秒)、JAL123が緊急救難無線信号「スコーク7700」発信し、東京ACCが受信。

18:25

JAL123「東京、日本航空123便トラブル発生、直ちに羽田に帰ることを要求する。220(22,000フィート)へ降下し維持することを要求する」
東京ACC「了解、要求通り承認する」
JAL123「大島レーダーへ誘導をお願いする」
東京ACC「了解、右旋回したいか、左旋回か?」
JAL123「右旋回したい」
東京ACC「大島へレーダー誘導のため、右旋回、針路90度で飛行せよ」

東京ACCからの指示を受け、針路を右に取り、伊豆半島を横切って駿河湾上空へ。
機長が副操縦士に「バンク(傾き)そんなにとるな」、戻すようにと指示するが「戻らない」と副操縦士が返答。

機体が墜落する最後までコクピット内で気が付いていなかったが、すでにこの時点で垂直尾翼、垂直安定板上部と方向舵が大破していた。
垂直尾翼とは、飛行機の尾部に垂直に取り付けられた翼のことで、横方向の安定をはかると共に機首を左右に振る横方向の操縦性を司っている。

この垂直尾翼の損失と強い風の影響もあって機体の制御が困難になり、機首が左右に揺れるダッチロールと上下方向に揺れ、速度変化が大きくなるフゴイド運動を繰り返す。
この会話の最中、航空機関士がハイドロプレッシャー(方向舵などを操作する油圧)の異常低下に気が付く。

18:26

航空機関士「ハイドロプレッシャーがおっこちています」
機長「ハイドロ全部だめ?」
航空機関士「ハイドロプレッシャーオールロス(油圧全て喪失)」

ハイドロプレッシャーオールロス、油圧で行う通常の操縦、機体の上昇や下降、旋回などができなくなったことを意味する。
異常音から1分程度、事実上、機体は操縦不能に陥った。

この時、客室内ではチーフパーサーがすべての客室乗務員に対し、機内アナウンスで酸素ボトルの用意を指示している。
生存者の証言によれば、「バーン」という衝撃音が聞こえた直後、耳が痛くなり機内客室が真っ白になったのだという。
すぐに酸素マスクが座席の上から落ちてきて、酸素マスクの付け方や救命胴衣の着け方を説明したり、機内を落ち着かせようと乗客をなだめて回る客室乗務員や突然の事態に慌てる乗客や悲鳴を上げ母親を呼ぶ子どもの泣き声などで、客室内は一時騒然としたそうだ。
混乱する一方で乗客らは客室乗務員の指示にはしっかりと従っており、客室内全体がパニックにより無法地帯となる事態は避けられていた。

緊急事態宣言

18:27~18:28

東京ACC「緊急事態を宣言しますか?」
JAL123「その通りです。」
東京ACC「どのような緊急事態か?」
(応答無し)
東京ACC「大島へレーダー誘導のため、磁方位090で飛行せよ。」
JAL123「現在操縦不能」

操縦不能に陥っていることを、地上の東京ACCは初めて理解したのだった。

18:29

コクピット内の会話も語調が荒くなり、緊迫したものとなってくる。

機長「気合をいれろ」
副操縦士「はい」
機長「ストール(失速)するぞ本当に」
副操縦士「はい、気を付けてやります」
・・・・・・
機長「ディセンド(降下)」

たとえ油圧でのコントロールが効かなくなった際でも、機体をコントロールするための手段はいくつか存在する。

  1. エンジン出力をコントロールすることでスピードを調整、また、左右のエンジンの出力差によって左右への旋回を行う。
  2. フラップ(飛行機の翼についている機体の揚力を増大させるための装置)などの調整を電力で行い、スピードと高度の調整を行う。
  3. ギアを電力で出し入れし、空気抵抗を増やしてスピードの調整を行う。

手段があるとはしたものの、特に②と③で行われる電力制御は油圧制御に比べ操作効率が悪く、操作が機体の変化に反映されるまで時間がかかる。
操縦不能な状況で予測できない風や雲などといった天候条件を読みながら、数秒先の機体の状態を予測し機器を操作することは非常に困難なことだろう。

コクピット内では懸命の操縦が続いていた。
そんな中、意図が判然としない機長の声が記録されている。

なんだこれ

機長「なんだこれ」

操縦についてなのか、機体・機内のアクシデントについてなのか、それとも私達が予想だにしないなにかが起きたのか?
この言葉が何に対しての物なのかは不明である。

18:31~18:32

東京ACCの「降下は可能か」の問いかけに「降下中」と回答。

東京ACC「現在位置は名古屋から72マイル(約116km)名古屋に着陸するか?」
若干名古屋に近い、静岡県焼津市付近上空を飛行していたとみられている。

「羽田に帰ることを要求する」
東京ACCは名古屋空港への緊急着陸を提案、現在位置から近く少ない旋回で済むのだが、羽田へ戻ることを機長は希望した。

「なにかが起きたら元の場所に戻る」というパイロットの帰巣本能故だったのか、空港に戻った後、代替交通の手配や翌日便へ振り替える乗客達のための宿のフォローなどは羽田の方が対応しやすいと考えたのか。
機長は、なぜ名古屋ではなく、羽田への帰還を求めたのか?理由は不明である。

東京ACCはこれより以後、応答するJAL123の負担を考え、使用言語を英語から日本語に変更することを許可する。

またほぼ同時刻、客室乗務員から航空機関士に対して客室の収納スペースが壊れていると連絡が入る。

航空機関士
「うしろのほうですか?」
「えーと、なにが壊れているんですか?」
「荷物を収納するところですね?」
「(機長と副操縦士に対し)荷物の収納スペースのところがおっこってますね。これは降りた方がいいと思います」
正確には、機体右側最後部ドア(以後R5ドア)が破損していたのだった。

客室乗務員からコクピットへのR5ドア破損の報告により、機長らは機体に起きた異常事態、「機体の破損」と「油圧喪失」の2点については承知していたことになる。
「降りた方がいい」とは、羽田以外の場所への不時着の提案だ。
羽田空港着陸の可能性を捨てることはなかったものの、機体を取り巻く著しく悪い状況に緊急着陸の可能性を視野に入れたということなのだろう。

18:33

航空機関士が改めて緊急降下を提案し、自分達の酸素マスク着用について進言。
酸素マスクを乗客達は着用したが、墜落するまで機長、副操縦士、航空機関士の3人は酸素マスクを装着した形跡はなかった。

18:35

航空機関士は羽田空港内にある「JALオペレーションセンター(以後JAL)」と連絡、「R5ドア破損」と「ディセンド(降下)」していることを報告する。
この連絡をしている最中も緊急降下し、航空機関士はJALに対し、コクピット側からコンタクトがあるまで、社用無線をモニターし続けることを要求する。

緊迫と焦燥のコクピット

18:37

コクピット内が不穏な空気に包まれていく。

機長「降りるぞ」
(判別不能の返答)
機長「そんなのどうでもいい」

この判別不能の部分はなんであったのだろう?
機長は副機長に降下を指示。
1000mあまりと通常の飛行ではありえない幅で、上昇や降下を繰り返すなどの不安定な飛行が続く。

18:38~18:39

航空機関士の提案でギアダウンを試みるも、この段階ではギアは降りなかった。

18:40~18:45

電動操作により、ランディング・ギアを降ろすことに成功する。
懸命のフライトは続く、迷走しているのだ。

東京ACCは無線交信を円滑に進めるため専用の周波数を用意し、JAL123に対して変更を求めたが応答がなかった。
逆に他の航行中の旅客機に、同周波数への変更と指示があるまで交信を避けるように求めた。

この時、横田基地の米軍が救援に乗り出し、自身が用意した周波数に変更するよう求めたが「アンコントローラブル」と応答したのみだった。

18:46

JAL123は相模湖付近上空を飛行していたものとみられる。
コクピット内にも焦燥感が広がり始めたのだろう。
機長が「これはだめかもわからんね」と発言している。
以降、JAL123は羽田空港とは全く異なる方角の神奈川、東京、山梨、長野、埼玉の県境付近の山岳地帯をふらふらと群馬方面へ向かっていったのだ。

迷走のさなか

18:47~18:54

JAL123から東京ACCに対し、木更津へのレーダー誘導の要求がある。
それを東京ACCは了承、用意された羽田空港の滑走路と方位を指示する。

東京ACC「コントロールできていますか?」

「アンコントローラブル(制御不能)」

機体は6,000フィート (1,800 m) 前後で、山岳地帯を航行するには低い高度で飛行していた。
CVRには途中途中で機長の荒い呼吸音も記録されており、操縦や操作判断も厳しい局面を迎えていたと推察される。
CVRに記録されたコクピット内の会話も緊迫感漂うものになっていく。

機長「おい山だぞ、ターンライト」「山にぶつかるぞ」
副操縦士「はい」
機長「ライトターン」
(客室高度警報音と見られる警報が鳴りだす)
機長「マックスパワー(出力最大)」
副操縦士「マックスパワー」
・・・・・
機長「レフトターン」
副操縦士「はい」
・・・・・・
副操縦士「いま舵いっぱい」
機長「じゃ(判別不能)できる?」
副操縦士「ききません」
・・・・・・
副操縦士「パワーパワー」
航空機関士「ふかしましょう、ふかしましょう」
機長「ライトターン」
機長「あーだめだ…」

機長「ストール(失速)、マックスパワーマックスパワー、ストール」
(失速警報)
機長「はい高度おちた」
副操縦士「スピードが出てます、スピードが」
機長「どーんといこうや」
機長「がんばれ」
副操縦士「はい」
・・・・・・
航空機関士「マックスパワー」
副操縦士「スピードが減ってます」
機長「パワーでピッチ(縦ゆれ)はコントロールしないとだめ」
副操縦士「パワーコントロール(出力調整)がいいです、パワーコントロールさせてください。スピード220ノット(時速約407km)」
・・・・・・
副操縦士「フラップは?」
航空機関士「下げましょうか?」
機長「おりない」
航空機関士「オルタネートで」
・・・・・・
機長「頭下げろ、はいパワー」
航空機関士「パワーふかします」
航空機関士「フラップでてますから」
機長「はい、頭下げろ」
機長「つっぱれ」
航空機関士「いまフラップ、オルタネートででてますから」
副操縦士「ラジャー」
・・・・・・
機長「頭あげよ」
機長「パワー」
副操縦士「いれます」

東京ACC「ジャパンエア123、周波数119.7に変えてください」
東京APC「(英語使用)日本航空123便、こちら東京アプローチ。」
「聞こえていれば、周波数119.7で交信せよ。」
「または東京アプローチのどの周波数でもよいので交信せよ」

JAL123「ジャパンエア123、119.7セレクトしました」
JAL123「リクエストポジション(現在の機体の位置を教えてくださいの意味)」
東京APC「こちらのレーダーでは、55マイル(約89km)ノースウエスト(羽田の北西)」
「熊谷から25マイル(約40km)ウエストの地点です」
JAL123「了解」

18:55

東京APC「ジャパンエア123、こちら(羽田)のほうはアプローチいつでもレディ(着陸可能)になっております。横田ランディング(着陸)もアベイラブル(可能)になっております」
JAL123「了解しました」
東京APC「インテンション(意向)を聞かせてください」
(応答なし)
東京APC「日本航空123便、貴機のレーダーの位置は50マイル(約80km)羽田の北西」
(応答なし)

JAL123は着陸可能な空港の確認を相互に行った後、交信が途絶え、東京APCと横田が呼び出したが応答することはなかった。
この東京APCと最後の交信は航空機関士が行、コクピットでは決死の操縦が続いていたが、急速に機体の高度が下がる。
フラップをあげて降下を止めようとしても降下は止まらない。

機長「フラップおりるね?」
副操縦士「はいフラップ10(フラップを10度出した状態)」
・・・・・・
?「あーっ」
機長「パワー。フラップ、みんなでくっついちゃだめだ」
副操縦士「フラップアップ(フラップを上げセロ位置に戻す)、フラップアップ、フラップアップ」
機長「フラップアップ」
副操縦士「はい」
機長「パワー、フラップ」
航空機関士「あげてます」

18:56

機長「頭あげろ、パワー」
(火災警報の音)
(地上接近警報の音)
(PULL UP(上昇せよ)の警告音)
機長「…(判別不能)」
(衝撃音)
(PULL UPの警告音)

18:56 26秒、CVR録音終了

そして墜落・・・

JAL123は群馬県、埼玉県、長野県の県境が交わる三国山の山中に墜落した。
同機の右翼が、標高約1,500mにそびえ立っていた樹齢およそ200年の大樹、通称一本から松と接触。
衝撃で第4エンジンが脱落する。

一本から松と接触後、一旦はバウンドするかのように機体は上昇したものの、姿勢は傾いたまま右翼で次々に木々をなぎ倒して地面をえぐりながら進んでいく。
その際に右翼の先端と垂直尾翼の残りの部分、水平尾翼、第1から3までのエンジン脱落。
脱落の衝撃で残された機体は前のめりに裏返ってしまい。
三国山、北北西約2.5km、標高約1,565m、現在では御巣鷹の尾根と呼ばれる尾根に衝突。

衝撃音発生から32分後、18:56が墜落推定時刻である。
本来であれば伊丹空港へ着陸していたはずの時刻であった。

参考(ボイスレコーダーの一部分引用)
日本航空123便墜落事故 – Wikipedia
日本航空 123 便の御巣鷹山墜落事故に係る航空事故調査報告書についての解説
航空事故調査報告書に基づく操縦室用音声記録装置(ボイスレコーダー:CVR)の記録

※アイキャッチや一部の画像はイメージです。

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