第二次世界大戦時のドイツ軍の特徴的な車輛は何かと問われれば、多くのミリタリーマニアが前方が2輪の車輪、後方が所謂キャタピラ・履帯で構成されたSd.Kfz.251ハーフトラックを挙げるのではないだろうか。
更にマニアックな方ならばこのSd.Kfz.251ハーフトラックの構成と同様に、前方がオートバイ、後方が履帯となっている小型車輛「ケッテンクラート」の名を、その代表として選択するかも知れない。
2019年には漫画を原作とするアニメ「少女終末旅行」にも「ケッテンクラート」は登場し、物語の中で主人公の少女たちが移動手段として用いた事から、それまでその存在を認識していなかった方々への知名度も向上したと思われる。
この「少女終末旅行」のヒットもあってかAmazon等の販売サイトにも、今現在では多数の「ケッテンクラート」関連の商品がラインナップされており、その影響力の高さが感じられる。
「ケッテンクラート」の誕生
当時のドイツにあった自動車製造企業のNSU社が、1938年に民生品の森林作業用の車輛として企画したものが「ケッテンクラート」であり、これはドイツ語で履帯式のオートバイを意味する名称だった。
Wikipedia等によればドイツ空軍の空挺部隊であった降下猟兵用に開発された車輛との記述も見受けられるが、元々民生用だった「ケッテンクラート」を見出したのはドイツ国防軍の陸軍のようだ。
NSU社が企画した当初の「ケッテンクラート」は小型のオートバイ用エンジンの搭載を前提としていたが、ドイツ陸軍がより高い機動性を求めた為、オペル社製の1,488cc水冷4気筒ガソリンエンジンに変更される。
こうして誕生した「ケッテンクラート」は「Sd.Kfz2」の正式名称を与えられ、1941年から1944年までにNSU社並びに他社のライセンス生産を含めて約8,300程がドイツ陸軍や武装親衛隊でも使用される事となった。
折しも当時のドイツは1941年6月よりソ連への侵攻作戦を開始しており、この東部戦線において悪路での高い走破性と小回りの利く「ケッテンクラート」の有用性が高評価を得たものだと言えるだろう。
「ケッテンクラート」の仕様と操作
「ケッテンクラート」は前述のように36馬力を発生する1,488cc水冷4気筒ガソリンエンジンを搭載し、全長3.0メートル、全幅1.0メートル、全高1.2メートルで重量約1.56トン、最大速度時速70キロとされている。
但しこの最高速度はあくまでカタログ・スペックであり、実際の使用では凡そ時速50キロメートル程度が現実的だと言われているようだが、流石に履帯を装備しているだけあって大きさの割にはかなり重量がある。
これは現在のリッターカークラスの自家用車が凡そ1トン程度の重さである事を考えれば、これらよりも遥かに小型な「ケッテンクラート」は1.5倍もの重量があると言えるが、当時としては十分な動力性能だったのだろう。
「ケッテンクラート」は前進3段・後退1段のマニュアル・トランスミッションと2段階のモードに切り替え可能な副変速機を備えていたが、それらの操作系の仕組みがオートバイと自動車の折衷的な組み合わせだった。
「ケッテンクラート」には現在のマニュアル・トランスミッションの自動車と同様に足元左にクラッチ、右にブレーキのペダルがあるが、アクセルはオートバイのようにバーハンドルの右側で操作する仕様となっている。
文字でこの仕組みを表記するとややこしく感じられるかもしれないが、実際にはかなり違和感なく操作が可能であり、殊にオートバイの操作経験がある人間にとってはかなり直観的に馴染みやすい形式だったようだ。
「ケッテンクラート」はハンドルバーを切った方向に向けて左右の履帯の回転数を自動で調整する機構が備わっている為、必ずしも車輪である前輪で進行方向を定めるものとはなっていない。
そのため前輪が寧ろ悪路での走行の妨げとなる場合には、「ケッテンクラート」はこれを取り外して前進する事も可能であり、そうした状況を映した当時の記録写真も確認する事が出来る。
インターネット上で確認できる「ケッテンクラート」の実際の悪路走行での映像でもこれは顕著であり、前輪が浮いた状態でも器用に向きを変えながら前進する事からも、この特徴の有用性が窺える。
現在の日本での「ケッテンクラ―ト」の入手は可能か
2022年2月現在、残念ながら実物大の「ケッテンクラ―ト」を販売している会社等はインターネット上の検索では見つけられなかったが、以前は静岡の「株式会社カマド」社がレストアした車輛を扱っていたと言う。
今も同社の「社長の小部屋」というサイトのプロフィール写真には「ケッテンクラ―ト」が小さく確認でき、販売されていた当時は登録は小型特殊、運転には大型特殊の免許が必要だが1,200万円の価格だったようだ。
こうした点を鑑みれば現在の日本で「ケッテンクラ―ト」を保有し、実際に公道を走行するのは甚だ困難だと言うのが実情のようで、仮に今1,200円を費やす経済的な決断が可能でも実現は難しそうだ。
因みに2020年には北米のオークションに「ケッテンクラ―ト」が出品され、16万8千ドル(約1,800万円)ほどで落札されたと言い、その希少価値が窺える記事をhttps://www.autocar.jpで見る事が出来た。
一部では「ケッテンクラ―ト症候群」なる形容も存在
「ケッテンクラート」はその特徴的な外観とギミックによって、コンパクトな中にどこかキッチュでユーモラスな雰囲気を纏っている車輛であり、一見してしまえばこれをよく知らない人々にも印象に残るだろう。
それ故に元より「ケッテンクラート」に愛着を覚えている方々には「ケッテンクラ―ト症候群」なる形容もあるようで、これはスピルバーグ制作の1998年公開の映画「プライベート・ライアン」への感想に端を発すると言う。
曰く「ケッテンクラート」好きな方々はその感想に同車輛が登場していた事を指摘しがちだと言うあるある話であり、こうした自身の注目するガジェット等に喰いついてしまう心理をうまく言い当てている。
それだけ「ケッテンクラート」が持つインパクトの強さをよく表しているとも感じられ、開き直ったマニアにとっては「ケッテンクラ―ト症候群」とは意図されたものと違い、寧ろある意味誉め言葉ですらあるとも言えるのかも知れない。
featured image:ChiemseeMan, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由
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