現在の日本においても人間に最も近しい動物のひとつに挙げられるのが犬であり、ペットとしての飼育頭数では2021年の一般社団法人・ペットフード協会の集計では猫に次ぐ第二位に数えられている。
ペットと言う括りを外せば犬の持つ特性は人間にとって有益だろう。
殊に人間に対して忠実であり、非常に秀でた嗅覚を備え、外敵を識別する能力を持つその特性から、犬は警備や異物の探知に活用されており、警察犬などの公的な用途に未だ多数が用いられている。
容疑者の追跡や麻薬等の発見において警察犬の貢献は誰しもが見聞きした事のある事例だと思えるが、そうした特性を一面悲しい事であるが軍隊でも重宝され、軍用犬という利用のされ方もしている。
そこでここではこうした軍用犬について、これまでの歴史や活用されてきた概要について、微力ながら紹介してみたいと思う。
軍用犬の起こり
世界史の中で見た場合には軍用犬の存在は、既に紀元前のエジプト文明やギリシャ文明などで用いられていた事が確認されており、犬が持つ秀でた嗅覚や性質は2000年以上前から人間井利用されてきたと言えよう。
こうした古代文明では主に警備の目的で犬を活用していたと考えられ、特定の建物や場所において意図しない人物がそうしたエリアに侵入しないように、番犬の延長戦上のような形で用いられていたと考えられる。
また日本に目を移せば戦国時代には太田資正が数多くの犬達を、自己の城郭内の連絡用に用いたとの逸話が伝えられており、甲斐の武田家の軍学を記した甲陽軍鑑にもそうした記述を確認する事ができる。
こうした犬の活用が近代においては、1904年から始まった日露戦争でのロシア軍、1914年から始まった第一次世界大戦でのドイツ軍などで大規模且つ組織化され、世界各国の軍に広まったと目されている。
軍用犬の役割と主な犬種
近代における軍用犬の役割としては、主としてやはり警備任務や、嗅覚を活かした捜索任務、そして戦国時代の日本でも担っていた伝令業務、物資を運ぶ輸送任務、そして直接的な攻撃任務などが挙げられる。
警備任務は文字通り自軍の領域や建物への侵入や接近を知らせるもので、また捜索任務は戦場で自軍の負傷者を見つけ出したり、敵軍によって仕掛けられた爆発物等をいち早く発見する事だった。
伝令任務はこちらも文字通り自軍の兵士に命令を伝達するもので、主として命令文書を犬に装着させた背嚢等を介して届けさせ、また運搬業務では弾薬類や医薬品等を荷車に積んで犬に引かせた。
そして数は決して多くはないが直接的な攻撃任務も一部で行われており、有名なものとして第二次世界大戦時にソ連軍では犬の体に対戦車用の地雷を取り付け、ドイツ軍の戦車を破壊する目的に使用された。
ここで用いられた犬に取り付けられた対戦車用の地雷は、上部に可倒式のアンテナ状の直立した起爆装置が付けれており、うまく戦車の下部に入り込んだ場合にこれが倒れる事で爆発するように設計されていた。
但しこの攻撃方法は元々音に対して臆病な犬の性質もあり、総じて効果が薄かったことに加え、またドイツ軍は炎を恐れる動物の習性を利用し、火炎放射器を戦車に装備した事で一層成功率は低下し廃止されたと言う。
何れにせよ軍用犬に求められるのは、忠実に命令を遂行、その為の強靭な体を持つ事が前提条件となる為、それを満たす犬種としては大型のジャーマン・シェパードが筆頭で、今も警察犬の代表格である。
次いで大型で力の強いロットワイラーなどは運搬任務に多く用いられ、前述したジャーマン・シェパードより小柄ながら股関節形成不全という疾患を患い辛いベルジアン・マリノアもヨーロッパでは主流である。
軍用犬の育成
犬を軍用犬として人間が使役する為の最大の前提は、育成する担当者・ハンドラーの命令に対して対象の犬が服従を行う事であり、これは犬の持つ特徴と習性を言い方は悪いが最大限に利用するものだろう。
犬は集団の中で常に序列を認識し、その中で自身が上位と認めたものには絶対的な服従を示し、それ以外の者に対して警戒と攻撃を行う為、ハンドラーはこうした犬の忠誠心を養う事が最大の目的となる。
その手段として任務の必要な動作をハンドラーは対象の犬に対して徹底的に教え込み、それが出来た暁にはスキンシップや餌を与える等の報酬を示して強固な信頼関係を築くのであり、そこは一般的な犬の躾と同一である。
また軍用犬は轟音の鳴り響く戦場での運用が企図されている為、本能的に騒音を恐れる性質を訓練によって薄める事も非常に重要な要素と見る事が出来るだろう。
日本における軍用犬
日本軍においての軍用犬の活用は、一部で1894年からの日清戦争、1904年からの日露戦争などで警備任務に従事させていた事が認められているが、本格化したのは1914年からのヨーロッパでの第一次世界大戦以後とされている。
第一次世界大戦でヨーロッパ各国は捜索任務や、主として医療品を運ぶ輸送任務に軍用犬を投入して一定の成果を収めており、これを認識した日本でも陸軍において研究班が置かれ組織的な運用が始めれたと目される。
日本陸軍でも犬種としてはジャーマン・シェパードを主として軍用犬の育成が行われたが、1928年には日本シェパード犬倶楽部(現在の日本シェパード犬登録協会)が民間に起こり、その供給を支えた。
こうして整備された日本陸軍の軍用犬は、1931年の満州事変の発生以後、中国大陸への供給が加速され、ヨーロッパで第二世界大戦は始まった1939年には朝日新聞社によるニュース映画が作成されるなどその数を増やしていった。
1937年に発生した盧溝橋事件以後、日本は中国大陸への軍事侵攻を拡大していくが、ここから太平洋戦争で敗戦を迎える1945年までの8年間で、最大で10万頭に及ぶ軍用犬が投入されたと見る向きも多い。
当時中国の東北部に日本の後押しで建国された満州国には、関東軍と呼ばれた日本陸軍の部隊が駐留していたが、その機関紙である完勝の1945年5月発行号には軍用犬についての論文が掲載されている。
そこでは軍用犬について、管理が困難で且つ病気への罹患が多く、部隊に配備された後の稼働期間は凡そ2年4ケ月、寿命は凡そ4年1ケ月程であるとの平均値が記述されており、軍用犬たちの置かれた過酷な状況が偲ばれる。
太平洋戦争全体の戦局が悪化し、太平洋の島々や沖縄での凄惨な地上戦で日本軍が敗退するのに比例して、共にあった軍用犬たちもその多くが犠牲となり、また部隊の撤退時には残地されるなどその運命は筆舌に尽くしがたい。
人間同士の争いに翻弄された軍用犬
これまで見てきてように動物愛護を訴える人々や愛犬家の人々にとっては、犬が軍用犬として人間同士の争いの中で道具として利用される事には、非常に深い悲しみや憤りを感じられる事だろう。
個人的にはそうした感情はまったく以て正当なものだと思えるので、未だ多くの国で警備的な用途に軍用犬が用いられているとは言え、せめて第二次世界大戦時のソ連のような攻撃用途への使用だけは無い事を祈りたい。
非常に古い話で恐縮だが、1973年から1974年にかけて放映されたアニメ・新造人間キャシャーンでもそうした爆弾犬が登場するエピソードがあったと記憶しているが、今ならコンプライアンスに抵触するのではないかと思える。
※画像はイメージです。
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