教師のおじいちゃんとおばあちゃん

この話は、私が中学生くらいの時におばあちゃんから聞いた戦争体験で、戦時中は貴金属の収集があり、とにかく手元にある特に金・銀・プラチナというものは全部持って行かれてしまったそうです。

おじいちゃんからもらった指輪も、おばあちゃんの手元には宝石の石だけが残っていて、おばあちゃんは宝石を大事そうに、孫の私に見せてくれていました。

学校の先生はまだ召集されなかった

私のおじいちゃんは学校の先生でした。校長先生まで勤めたそうです。おばあちゃんはお嬢様育ちで、家庭的なことをしっかり身につけて嫁いだ専業主婦でした。

戦時中は、男性は次から次へと戦地に召集されていき、家には女性と子どもとお年寄りが残されている家庭ばかりとなっていたとそうですが、学校の先生つまり教師というのは、召集の順番としては最後の方の回ってくるものになっていたそうです。

教師というのは当時は敬われる立場でもありましたし、子ども達への教育のためにというのもあり、そもそも召集に順番があったというのは知らなかったです。

戦争には資源が必要

学校の先生の家でも協力しなければならないことはしなくてはならなかったそうです。

当時、おばあちゃんはお嬢様育ちで、持って嫁いだ宝石のアクセサリーや、おじいちゃんからもらった指輪など、持っていたそうですが、貴金属の部分の金・銀・プラチナはことごとく全部提出しなければなりません。

なので、おばあちゃんの手元に残っていたのは、指輪だったとかネックレスだったとかの宝石の石のだけでした。おばあちゃんは、ほかの家では人の命がとられている。それに比べたら、おじいちゃんの命を残していただいたんだから文句は何もないよと。

召集目前で終戦

結果からいいますと、我が家のおじいちゃんは戦争には行きませんでした。

もう少しで教師も呼ばれれだろうという順番になろうとするときに、日本は戦争には負けたという終戦が宣言されたというタイミングだったそうです。

私は戦争に行っていないおじいちゃんに対して、まだ子どもだった私は、ずるいとか、がんばってないとか、とらえてしまっていたのですが、大人に成長した私は申し訳ない気持ちとともに、悲惨な戦争現場に行かなかったおじいちゃんを尊敬しています。


Writing by 結晶

キラキラしたものに心惹かれます。

※写真はイメージです。

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