関東軍勤務の祖父、南方へ

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母方の祖父は職業軍人、最後の階級は陸軍少尉でした。満州の関東軍におり、南方に送られて、しかし一番の引き揚げ船で生還した強運の持ち主でした。

2001年の元旦、21世紀になった日に祖父は静かに亡くなりました。

祖父の足の爪は黒く潰れており、小さいころにそれは「じいじは中国で戦争していた時に大砲の車輪に指を轢かれて爪が腐っちゃったんだ」と聞かされました。

そのころにはぴんとこなかったけれど少しずついろんな話を聞いて、いろいろなことが頭の中でつながったきっかけは、映画の「ラストエンペラー」でした。
坂本龍一さん演じる怪人物・甘粕正彦の写真が載った映画のパンフレットを見せたところ「いやぁ、甘粕さんはこんなじゃあなかったよ、もっと普通のおじさんだった・・・」というのです。そうか、この人は本当の甘粕正彦を知っているのか…と思うと、その時間と経験の重みがずしっと伝わってきたのです。

祖父に付き従って満州にわたった祖母は、私の母を妊娠したのを機に本国に一人で還されました。おかげで母は『中国残留孤児にならずに済んだ』と、後々ニュースを見て話してくれたものでした。今の私がいるのも、その決断をした祖父母のおかげだと思っています。

By English: Osaka Mainichi war cameramen日本語: 大阪毎日従軍寫眞班撮影 [Public domain], via Wikimedia Commons

そして祖母が『同じ官舎にいた奥さんたちはみんな戦争未亡人になっちゃった』という関東軍の過酷な戦歴を経て、祖父は南方から一番船で引き揚げてくることができたという強運の持ち主でした。祖父が亡くなって久しいころに、ふと思い立って祖父の名前と聞きかじった戦場の名前を検索してみたところ、いくつも彼の名前が出てきたのです。

驚いたことに、その当時を書き残してくれた当時を祖父の知る人たちが、ネットに様々な形で情報をUPしてくれていたのです。それを読んで、母も私の妹たちも泣きました。母ですら知らなかった過酷な行軍の様子が克明に書かれていたからです。しかし、そこから生還した祖父は、私にとってはとても穏やかな好好爺でした。いつもやさしくて、気遣いのこまやかなおじいちゃん。

生きて、還ってきてくれたこと、その強運ぶりから、私たちにとっては守り神のような存在として、今でも心の中に生き続けているのです。


Writing by SAKURA

昭和42年生まれの主婦です。こういう話を祖父母の世代から直に聞いた最後の世代かもしれませんね。

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