動く町と働く私。米海軍空母艦乗船日記

ミリタリーレポート

米海軍基地内で日本語教師として働いて2年目のある日、アメリカの本社から1通のメールが届いた。
このメールから私の人生は面舵いっぱいに進むことになるとは・・・

日本語教師として都内の日本語学校で教えていたころ、同僚から紹介されたのが横須賀アメリカ海軍基地での仕事だ。
小・中学校をアメリカで過ごした私は英語はそこそこ得意だったが、ニュースなどの影響か米兵に対してあまりいイメージを持っていなかった。

そもそも軍人というものが身近ではなかったし、軍隊って響きがなんだかお堅い感じで好きじゃない。
上官に言われたことは絶対のキリングマシーン、(当時は本当に思っていた)オフの時間はたらふくお酒を飲んでチャラチャラナンパしてる素行の悪い人たち・・・今考えるとなんて失礼なイメージだ。

しかし、一般家庭で育った普通の女子がアメリカ軍と聞いたら思い浮かべるイメージなどたいていこんな感じだと思う。
実際、この後出会う軍人の主人を友達に紹介した時にも言われた。

そんな悪いイメージを持っていたため最初は代理という形でしぶしぶ承諾した。
初めての授業の日、ごついマッチョが現れると身構えていた私の前に現れたのは意外にも小柄な女性兵士だった。
彼女は物腰やわらかでスマートで、あれ?キリングマシーンは?素行が悪いんじゃないの?なにこの女の私でも惚れてしまいそうな可愛い笑顔は!!

彼女以外にも基地で働く女性兵士の多さにもびっくりした。また勝手なイメージで「軍人=男性」と決めつけていたのだ。
さらに臨月近い妊婦さん兵士までいた。さすが、アメリカ軍。ウーマンリブの国だ。
初日で早くもイメージの壁がガラガラと崩れ去っていく音が聞こえた。

授業は会議室のような場所で行っていたため、日本語学校のような雰囲気で基地内ということを忘れることもしばしばあった。
しかし時折、携帯電話や電子機器を持ち込めない部屋で行ったり、金網に囲まれた窓のない部屋で行ったりした際には、あらためてここが軍事施設なんだと再確認した。

余談だが、厚木基地に教えに行った際、日本の自動販売機が英語でハローっと話した時には苦笑いしながら、ここはアメリカの領土なのだなとしみじみ感じた。

その後生徒として受け持ったのは彼女に加え、真摯なおじ様兵士、パイロットの兄ちゃん、メンテナンスの10代の兵士。
下士官のE-1(一番下の階級)から上は士官のAdmiral(大将)まで教えたが誰一人として横柄で乱暴な人はいなかった。
むしろ、軍隊で上下関係をしっかり叩き込まれているので教師(上の立場)をしっかり尊敬し、私語はほとんどなく、教科書のお手本のような授業ができていた。

日本語学校時代に毎回最前列でいびきをかいて寝ていた、ネパール人留学生を軍隊に入れて叩き直したいとまで思うほどになっていた。
なんだ、米兵って全然怖くないじゃん!みんないい人じゃん!と気が付くと正規の講師として2年の月日がたっていた。

そんな毎日楽しく基地に通っていた私にある日、アメリカの本社から1通のメールが届く。
「空母艦ジョージ・ワシントンの航海に同行して教えてみないか。」
このメールから私の人生の航路は新天地を目指して空母艦と共に出航するのであった。


Writing by ガンちゃん
語学講師として米海軍基地、また空母艦ジョージ・ワシントン、ロナルド・レーガンにて計5年間勤務。
現在はその当時知り合った軍医の主人とサンディエゴ在住。
※写真はイメージです。