お爺ちゃんの大阪大空襲体験談

自分のおじいちゃんは現在86歳で、健在であり、幼少のころでありますが、よく戦争の話なども聞かされました。

現在ではyoutubeやSNSなどで、当時の戦争の状況などを知ることができるのですが、私が幼少であった約30年前は当然SNSはおろか、インターネットもなかった時代であります。
現在のSNSの戦争の話よりも、当時おじいちゃんから聞かされた実体験のほうが本当に印象に残っておりました。

私は大阪に住んでおり、家族全員が生まれも育ちです。
1945年の戦争末期の大阪で、当時10歳前後のおじいちゃんが大阪大空襲を体験したと聞いております。
大空襲といえばほとんどの人が東京を連想される方が多いかと思いますが、大阪にも大空襲がありました。

当時はおじいちゃんは学校で戦闘訓練を受ける毎日を過ごし、まだ原爆が投下される前の話で、アメリカの爆撃機が少数で空襲をおこなうことが毎日のようにあったようです。
ところがある日、一斉に100機以上の出撃し、それが大阪大空襲となりました。

その大軍をおじいちゃんは実際に肉眼で見ていたようであり、そのとき自分の命はないと思ったようです。
おじいちゃんは、防空壕に避難が間に合わなかったのですが、運よくやけどは覆ったぐらいで命は助かったのですが、おじいちゃんの母はそれでなくしてしまいました。

知人や友達も空襲で亡くなり、その遺体は血だらけで包帯をまかれていたものや、原型はなかったものもあった、腕が飛んだ人や「殺してくれ」と懇願をしてきた。
大阪大空襲の悲惨さを語ってくれました。

母を亡くした悲しさを今でも思い出すとお爺ちゃんは語っているのが、とても印象に残っています。

※画像はイメージです。

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