周知の如く、山本五十六長官は海軍一式陸上攻撃機で移動中に、米軍機に襲撃され戦死したが、その時の米軍機撮影とされる映像が巷に流布されている。
執拗な後方からの銃撃を、懸命に回避する陸攻機の映像である。
非常に粗い映像だが注視していると、陸攻機胴体下部に本機主尾翼以外の、不自然な短い翼が一瞬明瞭に映っている。陸攻機にはそんな形状はあり得ず、それは桜花を吊り下げた陸攻機の姿に酷似している。
この陸攻機は山本長官座乗機ではなく、実は桜花搭載機だと考えられる。
生還できる桜花
桜花の設計に携わったある海軍技術少佐はこの特攻機案の説明を初めて受けた時、「これは技術への冒涜だ。そんな物が造れるか」と憤慨した。
それでもこの案が、それに自ら乗り込むつもりの現場士官の発案であることや、窮迫する戦況、海軍上層部の特攻戦への傾斜に押し流されるように、苦衷を押し殺して彼は設計を始めた。
彼を含めた開発技術者たちは生還不能、出陣必死の兵器への抵抗感から、飛行爆弾としての飛行性能を阻害しないぎりぎりの範囲内で、脱出装置(座席の落下傘収納部・緊急時風防脱落装置)を苦労して組み入れた。
つまり最後の一線で操縦士自らが生死を選択できる手段を残し、搭乗員を兵器の機械の一部ではなく、あくまで人間として扱うという、技術者の最低限の倫理を守ろうとしたのだ。
しかし最終的な実戦配備機ではそれらの搭載は上層部から却下された。
着陸装置
アメリカ合衆国アリゾナ州ツーソンのピマ航空宇宙博物館に、複座の見慣れない型の桜花が保管されている。
複座は練習生と教官の搭乗用で、着陸用ソリが装備されている。
本来攻撃機の帰還が考慮されない桜花には着陸装置は無用である。
しかし開発過程における実験や実戦配備前の訓練では、搭乗員生還のための着陸装置が当然必須となる。
つまりこの機体は桜花練習機K-2なのである。
もちろん単座練習機K-1にも着陸用ソリは装備されていた。
桜花ほど安全な飛行機はない
桜花搭乗員の飛行訓練が始まると、操縦者の思い通りに機体を容易にコントロールできるという、航空機としての基本的操縦性が意外にも相当良好なことが判明した。
ある元搭乗員の回想。
「陸攻機から投下後250ノット(時速約460km)で操縦桿を動かしてすぐに、これはいいと思った。舵のききがいいし、素晴らしく操縦しやすい。」
「零戦のようなエンジンのある飛行機だと急降下すると機首が浮いてしまうが、桜花は自由自在、思ったところへきちっと持って行けて面白い。」
「桜花ほど安全な飛行機はないとさえ思った。」
命を救った桜花
実戦に投入された桜花11型はロケット推進機と理解されているが、その実態はグライダーに近い。
燃焼時間わずか10秒前後の火薬ロケットエンジン3基搭載で、合計30秒内外の燃焼時間しかなく、母機からの発進後、敵機回避や目標突入時など必要なときだけロケットエンジンで加速するだけの、実質は滑空特攻機だった。
ロケットエンジン搭載による耐熱性及び爆弾搭載の強度確保のため、胴体素材は軽合金製だが、軽合金材料不足により主尾翼は木製だった。
1944年11月、実戦配備の桜花50機を回送中の空母信濃が、潮岬沖で米潜水艦の雷撃により沈没した。
爆弾および燃料未搭載で木製翼の桜花は海面に浮き、皮肉にも信濃乗組員救助の一助となったという。
米軍の評価と対策
「機体が小さく速力が高いため、撃墜の必要弾量が従来の4倍。
翼が合板製なのでレーダー反射は戦闘機の約3割。
その上、人間という最高の制御・誘導装置を備えている」
と米軍は桜花を分析評価し、最大脅威の対艦兵器と位置付けた。
つまり一旦射出された桜花を迎撃できる従来兵器はないと判断し、対策として桜花の母機となり得る双発機への攻撃を最優先とした。
レーダー搭載艦配備も相まって、この対策は功を奏した。
合計10回の桜花特攻作戦による搭乗員戦死者、桜花55名、母機365名という数字は当然の帰結である。
その他、護衛機搭乗員なども加えると、戦死者は800名を超える。
この大戦における全ての死者のご冥福を祈りたい。
featured image:Megapixie, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由
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