有史以来、人類の争いの歴史の中でも最古の職業のひとつと言われる事も多いのが傭兵であり、主として金銭的な報酬を得る事を条件に自らの所属する国家等とは無関係な軍に属し、其れを生業とする兵士を指す。
傭兵は19世紀に今日的な近代の国民国家の概念が成立するまでは、それまでの封建的な国家の中においても非常に大きな比重を占めた軍の構成員であったが、以後国家による徴兵制が増加すると減少していった。
昨今では2022年2月にロシアがウクライナへの軍事侵攻を強行、今も戦いが続いているが、ロシア側の兵員の中にはとみにこの戦争でその名を世界的に知られるようになった正規軍とは別の集団が含まれている。
それは創設者でオーナーでもあるエフゲニー・ヴィクトロヴィッチ・プリゴジンプリコジンの自己顕示欲の強さもあって知名度を挙げた、ロシアの民間軍事会社と説明されているワグネルである。
ロシア自体は今でもこのウクライナ侵攻を戦争と定義せず、特別軍事作戦と呼ぶ姿勢を崩していないが、明らかな戦争に表立って参加しているこうした民間軍事会社について今回は語っていきたいと思う。
現在の世界における傭兵の位置付け
冒頭で述べたようにかつて19世紀までは世界中の国や地域でその軍事力を構成する一要素として、その国や地域の政治的な状況とは無関係に報酬を目的として自らの兵士としての能力を提供する傭兵が存在してきた。
そこから国民国家という概念の定着から各国の軍隊は徴兵制によって強化され、第二次世界大戦の終結で一先ずのそれまでの帝国主義的な領土の拡大等は控える風潮が高まり、傭兵の需要は低下したと言える。
とは言え発展途上国を中心にその後も地域的な武力紛争が完全に途絶える事はなく、そうした地域においては軍事力としての傭兵も存続したが、1989年の国連総会ではそれらを禁止する条約が採択された。
これによって傭兵は国際法上から戦闘に従事する事を禁じられたと言えるが、2008年時点でこの条約に加わった国は32ケ国のみであり、未だ世界の一部の国を除く多くの国家がその存在を禁止するには至っていない。
第二次世界大戦後の傭兵と言えば、1978年に公開されて世界的な人気を博した映画「ワイルド・ギース」に象徴されるように、アフリカ各地における白人の元軍人達のイメージが印象に強い。
但しこうした傭兵たちの存在も如何にアフリカとは言え、時代と共に減少してきており、かつては創作物のアクション作品中でひとつのジャンルとも言えたが、21世紀の今では過去のものである感は拭えない。
傭兵の代名詞のようにイメージされながら、実はそうではないのがフランス外人部隊
傭兵部隊と言えばその様々な創作物の影響も手伝って、代名詞的な存在としてフランス外人部隊を思い浮かべる方もあるかも知れないが、1831年に創設されたこの部隊はそうではなく完全な正規軍の一部である。
フランス外人部隊はフランス陸軍内部に置かれた同国以外外の国籍を有する志願兵によって構成された正規軍であり、基本的に上級士官は全てフランス軍から出され、下士官以下に外国籍の志願兵が就く。
このフランス外人部隊は近年では1991年の湾岸戦争、2001年以後は米英が始めたイラク戦争に伴いアフガニスタンへの派遣も行われているものの、時代を反映して部隊の規模も年々減少の傾向にある。
フランス外人部隊の知名度が高い理由のひとつは、自国籍以外の外国人を兵員として構成されている点が大きいと思われ、その意味において報酬を目的に雇用される狭義の傭兵的な側面がある故だろう。
但し前述したようにフランス外人部隊は同国陸軍の一部であり、同国内法においてもその位置づけであると同時に、国際的にも1989年の国連総会で禁じられた傭兵には該当しない組織である。
現代の民間軍事会社(PMC)の起こり① エグゼクティブ・アウトカムズ社
民間軍事会社(PMC)とは英語のプライベート・ミリタリー・カンパニーの頭文字から取られた略称であり、その近代における起こりは1989年に南アフリカ共和国に設立されたエグゼクティブ・アウトカムズ社と見る向きが多い。
エグゼクティブ・アウトカムズ社は南アフリカ共和国の元正規軍に所属していた多数の兵士を雇用する企業として設立され、1993年に内戦の最中であったアンゴラの政府と契約を締結、その内戦に兵士を送り込んだ。
ここでエグゼクティブ・アウトカムズ社はアンゴラ軍に対してその訓練と実際に自ら戦闘行為にも参加、敵対していたアンゴラ全面独立民族同盟を壊滅に追い込んだが、国際的な世論によって契約は終了を余儀なくされる。
但しこの後エグゼクティブ・アウトカムズ社がアンゴラで担っていた役割は、国連の平和維持活動に移行されたもののその動きは功を奏さず、再び同国は内戦状態に置かれると言う事態を招いた。
続いてエグゼクティブ・アウトカムズ社は西アフリカのシエラレオネでの内戦にも投入され、ここでも革命統一戦線を相手に少数の部隊でその壊滅を成し、戦闘機から戦車まで保有する一大組織に成長する。
但しこうしたエグゼクティブ・アウトカムズ社の一民間企業に過ぎない組織の異様なまでの重武装化は、南アフリカ共和国政府自体からも危惧され、遂に設立から9年後の1998年には取り潰されるに至った。
現代の民間軍事会社(PMC)の起こり② アメリカの企業
民間軍事会社(PMC)と聞けば2023年の今はロシア・ウクライナ戦争の生起により、ロシアのワグネルが圧倒的に知名度を挙げた事は想像に難くないが、それ以前であればやはりアメリカを抜きにしては語れない。
アメリカにおける民間軍事会社(PMC)は1990年代以降に台頭して行ったが、この動きは2001年のアメリカでの同時多発テロ事件と、それに続いて行われた2003年のイラク戦争が牽引していったものだ。
イラク戦争やその後はアフガニスタンにまで軍事介入を行ったアメリカだが、当初の最前線への侵攻作戦等には正規軍を投入する形で、民間軍事会社(PMC)は侵攻後の後方支援を担うものとして活用された。
イラク戦争においてアメリカは数に限りのある正規軍を最前線に集中して運用する為、後方地域での兵站線の維持、部隊の訓練、拠点の警備などの任務を民間軍事会社(PMC)へ委託する手法を取った。
これら民間軍事会社(PMC)に所属する人員も基本的には軍隊の経験者で構成されている為、個々の能力と言う点では正規軍と比べても遜色は無く、装備が比較的軽武装の銃火器が中心だと言って良いだろう。
イラク戦争以後に特にアメリカの民間軍事会社(PMC)が重宝されたのは、正規軍であれば損害が生じた場合、少なからず本国議会や世論への政治的な影響が生じる可能性が高い事に比して、それを公表する義務がなかった事が大きい。
そうした軍側から見た使い勝手の良さが民間軍事会社(PMC)への傾斜を加速させた大きな要因であり、戦争と言う最大の国家的な政策の遂行に際して、その一部分がアウト・ソーシングと言う美名の元で正当化されたと言えよう。
因みにアメリカの民間軍事会社(PMC)である現・アカデミア社(旧ブラックウォーターUSA社)は、2007年にイラクにおける民間人殺害を引き起こすなど、その存在自体に重大な危惧を抱かせる事件を発生させている。
結局は限りなくグレーな存在と言わざるを得ないのが民間軍事会社(PMC)
前述した現・アカデミア社(旧ブラックウォーターUSA社)の民間人殺害事件などを見る限りにおいても、民間軍事会社(PMC)の存在とは本来正規軍が担うべき役割を一企業に委託した事がマイナスに作用したとしか表現できない。
戦場と言う究極の場においては正規軍であろうとジュネーブ条約に反する戦争犯罪行為を行う例も無論多いが、民間軍事会社(PMC)は本来は行うべきではない戦地での業務委託を担う事で問題を複雑化させている感は否めない。
かつて世界中で人気を博したアメリカのTVドラマの「24」があったが、本作の主人公が非合法な拷問等で対象者から情報を引き出す様は、目的の為ならば手段は正当化されると言う描かれ方で物議を醸した。
あまりにも「24」の人気が高かった為、中東に派遣されていたアメリカ軍兵士に対しては同軍の幹部がそうした考えを否定するコメントまで出されたが、民間軍事会社(PMC)の在り方も正にこれと同列ではないだろうか。
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