戦後混乱期の日本で無数にいた?「ランボー予備軍」たち

自分は第二ベビーブーム世代で、つまり、祖父がちょうど第二次世界大戦に従軍していた世代ということなのですが、母方の実家に遊びに行ったときのことです。
私は当時、せいぜい十歳か、それより幼いくらいだったと思うのですが、家の中でふざけて障子を破いて遊んでたら、祖父に叱られたんですが、その時怒鳴られたのが、「おめぇ屋根裏の大砲で、撃っちまうぞ!」というものでした。
これは祖父の口癖のようなもので、母も子どものころによく言われていたそうです。
もちろん、平和な日本の田舎で大砲なんかと、だれも本気にはしていませんでした。

20年後に本当に屋根裏から見つかった旧軍兵器

祖父が亡くなってから十年以上たったときです。
母方の実家が家を建て替えるときに、信じられない物が屋根裏から出てきました。

十年式擲弾筒と三八式歩兵銃、大量の手榴弾、軍刀、それと実弾です。丁寧に油紙に包まれていたそうです。(これらはすぐに、警察へ届け出されました)
祖父は本当に、戦地から持ち帰った武器を隠し持っていたということです。

どうやら祖母だけはこれを知っていたらしく、警察から事情聴取を受けましたが、厳密に言えば銃刀法違反になるのだと思いますが(法律には詳しくありませんが)とくにおとがめなしでした。

戦後混乱期を生きのびた夫婦の覚悟

終戦直後、祖母は戦地から復員してきた祖父にこう言われたのだそうです。
「軍隊が勝手に降伏しようが関係ない。おらはおめぇさ守るため、戦いに行ったんだ。
だから、何があっても、これからもお前さ守り続ける。
だから、安心して子どもをいっぱい産んで、育ててくれ」

当時はアメリカ駐留軍による日本人婦女への暴行が横行していた時代で、復員した男たちにとっての戦いはまだ続いていたということですね。
戦争が終わったとしても、本当に守りたかったものは、まだ自分の背中の後ろにいて、常に脅かされ続けていたんです。

祖父の思いと決意

祖父は仕事に行くたびに、こうも言ってたそうです。
(差別的な表現が含まれますが、当時の状況を如実に表す例として、祖母が語ったそのままの言葉であえて表記します)

「もしアメ広どもが、おらが居ないときに、おめぇさ攫いにきたら、屋根裏の大砲で助けに行ってやっから、絶対、舌噛んだりすんなよ。
毛沢東の八路軍にくらべりゃ、奴らたいしたことねえ。
おら一人で蹴散らしてやっから」

そのために必要な、武器だったわけわけなんですね。
この法を犯した祖父の行動は、手放しで褒められるわけもないでしょうが、当時の若い夫婦がどういう状況に追い込まれていたかは、さして知るべし、といったところですね。

リアル北斗の拳より、ほんの少しマシな状態とでも言うんでしょうかね。
そうなってしまったら、法が法として機能していない世界では、本当に守りたいものは、自分で守るしかないのかも知れません。

今でも日本中の古い家屋から旧軍兵器が、ときおり発見されているそうですが、その兵器の数だけ、男たちが守りたかった人々がいたのだと思います。


NCX
若干ミリオタ気味のラノベ代筆業者です。

※写真はイメージです。

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