レコンキスタと文禄・慶長の役

  • 2021-01-21
  • 2021-01-18
  • 戦史
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文禄・慶長の役は、地球の裏側の出来事が影響しているのかもしれません?!

レコンキスタ

レコンキスタ(国土回復運動)は、イスラム国家が侵入し支配していたヨーロッパ・イベリア半島を回復しようとした、キリスト教国家による再征服運動の戦いです。
それは8世紀初頭から15世紀終わりにわたる長い戦争でした。

このレコンキスタが終わった後に、これに従事する事で生活の糧やそれなりの地位を得ていて人達の多くが不要になり、その一部が海外に溢れ出します。
例えば南米に渡った兵士達は、アステカ王国やインカ帝国を滅ぼして南米大陸全域を征服し、黄金などを略奪して莫大な戦利品を得ます。
この様な兵士達はコンキスタドール(征服者)と呼ばれました。

危険も大きい代わりに国をも富ませる程に成功報酬も巨額になるこの海外進出は盛んに行われ大航海時代が到来しました。
コンキスタドールの目的は征服地から得る経済的利益もありますが、キリスト教の復権を目指したレコンキスタの流れを汲む彼らにとっては、邪教を根絶してキリスト教世界を造る事も大きな使命でした。

コンキスタドール達は世界中に進出し、信長が出会った南蛮人とはこのコンキスタドールの系譜に連なる人々だったのです。

海外派兵

南蛮の異文化に強く惹かれた信長は、非常に熱心に幾度となく南蛮宣教師達と話をしています。
遥か彼方の地からどうやって、そして何の為に来日したのか。
信長がその疑問を持った事は想像に難くありません。
そしてその話の中でレコンキスタとコンキスタドールの話を彼は聞いた筈です。

天下統一に現実に手が届こうとしていたこの時期の信長が、日本を手中に収めた後の問題を考え始めていても不思議はありません。
つまり日本全土を征服した後は、家臣たちに与える領土が国内には無くなるという問題です。

レコンキスタとコンキスタドールの話は、その問題解決の大きなヒントだったに違いありません。
そして眼前に、大海を渡る方法とそれに必要な造船技術を持ち、実際に経験してきた人たちがいるのですから、海外派兵の構想を思い付かないという方が無理があります。

事実「1582年日本年報追加」の「日本史」というルイス・フロイスの本国宛の報告書で、

「信長は、(中略)日本66ヶ国の絶対君主になった暁には、
一大艦隊を編成してシナを武力で征服し、
(日本の)諸国を自らの子息たちに分け与える考えであった。」
(出典:本能寺の変 431年目の真実 明智憲三郎)

と書いています。

そしてその後の記載にある、息子たちへの具体的な分配領土が史実に合致していて、三男信勝を四国平定に派遣しているとも書かれてます。
これは本能寺の変直前の状況を正確に表した報告書として信憑性が高く、従って信長の海外派兵構想に関する記述も信じるに足るものです。

文禄・慶長の役

しかし信長は本能寺で最期を遂げます。
信長の後を継いだ秀吉は全国制覇を成し遂げた時、当然同様の問題を抱えたでしょう。
秀吉の朝鮮出兵は彼の誇大妄想だけが原因ではなく、その根元には現実的で切実なこの問題があったのです。

そして信長に近しかった秀吉が、信長の海外派生構想を知っていたとしても不思議ではありません。
こうして秀吉は朝鮮出兵を実行します。

参考:本能寺の変 432年目の真実 明智憲三郎著

歴史大好きじいさんです。
歴史上の出来事は、
しばしば「風が吹けば桶屋が儲かる」的な構造を持っている事があります。

 

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