日本兵がウチに逃げ込むとこうなる??

これは祖父から聞いた話ですが、祖父は九州の島原出身。
小学生の頃、山の向こうにピカドンは見たものの、その山のおかげで助かり今の私がいるわけですが・・・

祖父の家は比較的立派なもので、戦時中でも生活に不自由することはなかったと言います。
何せ、その時代にいくつもの扇風機やラジオを持っていて長崎銘菓の当時(今も?)の高級品のカステラもたらふく食べれてたそうで。

そんな戦時中に祖父の家で起こった珍事件

ある日、祖父の祖父(私から見れば高祖父)ということになるのですが、彼は大変に気前の良い人間で、そんなご時世でも親戚近所を集めて家でどんちゃん騒ぎ。
すると突然、アメリカ軍機がやって来た。皆、家にある防空壕に逃げようとすると、これまた突然、家に逃げ込んできた兵隊。

あそこの家はデカいから隠れられると思ったのでしょうか?

さぁ軍人がやって来たのはいいとしても、それを狙ってる米軍パイロット。
「あのデカい家に兵隊が逃げ込んだぞ、きっと兵隊の保養所に違いない」
追う米軍パイロット、逃げ込む日本兵。

パイロット遂に日本兵に向かって一斉射撃

間一髪のところで、逃げ込めた日本兵たちが安堵するのも束の間。パイロットはそのまま射撃を続けて来たから大変。

二階建ての家の屋根は蜂の巣。
私の祖父の部屋は二階にあったのですが、その時は学校に行っていて、帰ってからその話を母親から聞かされたそうで。

自分の部屋に行ってみれば、まぁ大変。畳中に散らばる銃弾たち。

祖父が恐る恐る触ってみるとまだ熱かったそう。
祖父は最初散らばる黒い銃弾たちが「虫か何がが大量に床を這ってるよう」に見えたそう。

部屋の柱にも銃弾が刺さっていたそうで、それが高度成長期に家を建て替えるまで言わば記念品としてそのまま残されていたそう。

そしてどうなったか

祖父の部屋の家具や持ち物はほとんど蜂の巣になっていたそうですが、幸いにも家族や集まっていた人々は全くの無事だったようで。
もちろん原因となった「兵隊さん」たちも無事。

小学生の祖父は彼らが謝罪もせずに帰ったところに腹を立てたようですが、それがその時代というものなのでしょうか。

私が戦争時代のことを聞くと、いつも同じこの話を聞かしてくれた祖父も今では亡くなり、私が戦争を語り継ぐ番になったのかと実感させられる今日この頃です。

※画像はイメージです。

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