撃墜王 坂井三郎の真の凄さ

坂井三郎はゼロ戦の搭乗員、エース・パイロットとして太平洋戦争で活躍しました。
支那事変中の1938年に初出撃し、太平洋戦争勃発後は、東南アジアから西南太平洋、そして硫黄島に至る数多くの戦場で戦い、生き残って終戦を迎えています。

得意技・左捻り込み

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戦闘機同士の空中戦といえば、敵機の後方位置を確保する為に上下左右に旋回を繰り返す、いわゆる巴戦・ドッグファイトといわれる曲芸飛行の様な戦闘を思い浮かべるのが普通でしょう。

この曲芸飛行さながらの空中戦法の一つ、左捻り込みは坂井三郎の得意技で、高度な操縦技術を有し愛機の癖を熟知したベテランで優秀な搭乗員にしかできない飛行技術でした。

得意技での撃墜は無し

空中格闘戦に強いゼロ戦で秘技・左捻り込みを使えば、向かうところ敵無しと誰もが思います。ところが坂井三郎はこの得意技を使って敵機を撃墜した事がないと証言しています。
そしてこの空技は敵に後ろを取られてピンチになった時に使う、一発逆転の技だと言っています。いわばこれは土壇場に用いる起死回生の技なのです。

実戦で坂井三郎がこの空技を使ったことが無いという事は、即ちこの技を使わねばならない程の危機的状況に陥った事がなかったという事に他なりません。

戦闘機乗りとしての総合能力

戦場で危険な状況自体を招かない様に行動し、しかもその上で戦果を挙げる。

この相反する二項を果たす為には優れた操縦技術だけではなく、自らも戦闘しながらの、敵味方飛行機の位置など戦況把握の様な緻密な観察力や、それを基にした正確な判断力など戦闘機乗りとしてのオールマイティで高い能力・経験、そして常に冷静でいられる強靭な精神力が必要です。

坂井三郎はこれら能力を見事に持ち合わせていました。
だからこそ17年間に及ぶ戦場で生き延び、しかもエースと称される程の戦績を残す事ができたのです。

超一流の戦闘機乗りとしての坂井三郎の真の凄さは単なる撃墜数でもなく、高度な空技だけでもない、戦闘機乗りとしての抜きん出た総合能力だと言えます。


歴史大好き爺さん
歴史大好き爺さんです。一流の人は、見えている一面だけでは本当の凄さは分からないものです。

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※一部の写真はイメージです。

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