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日本軍総反撃!南太平洋海戦

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1942年(昭和17年)10月
ソロモン諸島ガダルカナル島を巡る攻防戦は激化していました。
二度の奪還の失敗から、日本軍はガダルカナル奪還に総力を挙げる。その中で戦われた海戦が南太平洋海戦です。

目次

ガダルカナル攻防戦

1942年(昭和17年)8月、日本海軍が飛行場を建設していたガダルカナル島に米軍が上陸して占領、それから日米の攻防戦が始まった。

日本軍は奪還部隊を二度送り込むものの撃退され、日本軍は総力を挙げての奪還作戦に乗り出します。陸軍は第二師団を送り込み、海軍は戦艦部隊と空母機動部隊を出撃させます。
対して米軍も日本軍の動きを察知して空母機動部隊を出撃させます。
こうして南太平洋海戦が起きるのです。

戦艦と輸送船団の突入

米軍がガダルカナルの飛行場に航空戦力を展開させたことで、日本軍はガダルカナル島へ近づく事が難しくなっていました。
陸軍の大規模な部隊と物資を運ぶ輸送船団をガダルカナルへ到着させるにはガダルカナルの飛行場を一時的にでも制圧または破壊する必要がありました。

そこで海軍は10月13日夜に戦艦「金剛」と「榛名」を突入させて飛行場を砲撃します。
戦果は大きく飛行場の滑走路や航空機を破壊し、燃料などの物資も吹き飛ばした。
こうして空の脅威が無くなった事で輸送船団を送り込み、ガダルカナルへ第二師団の上陸を成功させます。

空母決戦

「金剛」と「榛名」の砲撃で大きなダメージを受けたガダルカナルの状況を米軍は深刻に受け止めていた。
日本の艦隊や船団がガダルカナルに接近していると知ると、米軍は空母「エンタープライズ」と「ホーネット」の空母機動部隊を出撃させて救援に向かわせます。

日本海軍は南雲忠一中将の「翔鶴」・「瑞鶴」・「隼鷹」からなる第三艦隊などを出撃させて陸軍の総攻撃を支援する態勢にありましたが、陸軍の総攻撃が遅れ艦隊はガダルカナルより北の海域に居続けます。
こうして揃った日米の空母機動部隊は10月26日に戦う事となる。

爆撃を受けて小型空母「瑞鳳」と「翔鶴」が被弾したが、「瑞鶴」と「隼鷹」はそれぞれ三次に渡る攻撃隊を出撃させる程の粘り強い攻撃を続けた。
その結果、「ホーネット」を撃沈に追い込み(日本駆逐艦が止めの雷撃で撃沈)「エンタープライズ」を大破させた。

勝利は生かせたか?

海戦は日本軍の勝利に終わったものの、陸戦で日本軍は敗退します。
本来の目的であるガダルカナル奪還は再び失敗しました。

これは米空母機動部隊を撃退し、ガダルカナル周辺海域を支配する側になった日本海軍がガダルカナル島に近づかず、陸軍の支援が出来なかった為です。
陸軍と海軍がバラバラに戦った事で海戦の勝利は生かせなかったのです。

featured image:U.S. Navy, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で

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