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独ソ戦最大の会戦~クルスクの戦い~

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第二次世界大戦が続く1943年7月5日
ドイツ軍とソ連軍はクルスクで激戦を繰り広げます。
互いに大戦力を準備しての戦いはどのように展開したのでしょうか?

目次

クルスク突出部

1943年の春、3年目となる独ソ戦の最前線に飛び出した部分が出来ていた。
この飛び出した突出部はクルスクを中心としたソ連軍の地域だ。
ドイツ軍にとっては自軍の前線に食い込むクルスクの突出部、これを取り除く事と、ソ連軍の戦力を叩く意味で攻撃をする「城塞作戦」を計画します。

対するソ連軍は情報もあり、クルスクの突出部をドイツ軍が攻めるであろうと判断していた。
スターリンを交えてソ連軍は、クルスクの突出部を防衛すると決めた。
こうして戦略を定めた両軍はクルスクへ戦力を集結させます。

陣地を攻める戦車軍団

1943年7月4日、クルスクの戦いは始まります。
先手を打ったのはソ連軍だった。
ドイツ軍が作戦を開始する前に砲撃を浴びせたものの、ドイツ軍は「城塞作戦」を開始した。
ドイツ軍の中央軍集団が突出部の北側から、南方軍集団が突出部の南側から攻めた。
ドイツ軍はこの作戦に、新型のパンターを含めて2700両の戦車と突撃砲を用意した。

対するソ連軍は3300両の戦車や自走砲を展開
ソ連軍は戦車のみならず、クルスクの陣地に6000門の対戦車砲、4万個の地雷も埋め、2万門の野砲と迫撃砲に920基のカチューシャ多連装ロケット砲が配置された。
ドイツ軍は多くの火砲や地雷があるソ連軍陣地を攻撃する。
しかし、それは多大な出血を強いられる事となった。

息切れるドイツ軍、戦力を増すソ連軍

重装甲と強力な火砲があるティーガー重戦車やパンター中戦車、フェルディナント駆逐戦車が投入されたものの
大量の対戦車砲と地雷があり、堅固に作られたソ連軍陣地にドイツ軍は苦戦します。
何重も作られたソ連軍の陣地に、ドイツ戦車軍団の進撃は進撃を何度も止められてしまう。
ソ連軍の粘り強い防衛にドイツ軍は作戦開始一週間で息詰まります。

そんな時にクルスクより南にあるプロポロフカで、第2SS装甲軍団と第5親衛戦車軍が戦車戦が繰り広げられ双方の戦車が多く撃破された。
この戦いで多くの損害を受けたドイツ軍の前に、ソ連軍は次々に増援部隊を送り込みます。
予備戦力も援軍も無いドイツ軍は、大軍であるソ連軍の予備戦力投入の前に前線を下げるしかありません。

7月13日にヒトラーは地中海のシチリア島に連合国軍が上陸したのを受けて、「城塞作戦」の中止を命じます。
ソ連軍が勝利できたのは、情報収集でドイツ軍がクルスク突出部を攻めると知り、戦いの損失が問題にならない大量の戦力を揃えたからでした。
この戦いから独ソ戦は、ソ連軍の圧倒的優位に進んで行くのです。

featured image:不明Unknown author, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由

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