非常事態の、私から見た自衛隊の光景。

東日本大震災、あの時に私から見た自衛隊と米兵さんの事を話します。
東日本大震災が起き、各部門での震災対策部隊が動き出したころ。

毎日のように地震が何回も、何回もあって、ヘリコプターが、昼も夜も飛んでいました。
本当に一瞬で、たくさんのことが変わってしまいました。

水道も電機も止まったままで自宅ではなにも出来ず、息子を連れて公民館に食料の調達に行った帰りの光景です。
自衛隊の車が何台も車列を組んで、行き交うそんな毎日が続いていました。

ある日息子と公民館に行った帰り、ジープを先頭に走ってくる自衛隊の車の団体がありました。
まだ小さい息子は、かっこいいと思うのでしょうか、車列が通るたびに敬礼をしていました。

いつもはそのまま行き過ぎてしまうんですが、今回の自衛隊の車列は特別です。

敬礼をしている息子はびっくり目になっていました。
それは、ジープの先頭の助手席の隊員の方が手を振ってくれたからです。
そしてよく見ると、外国の兵隊さんだったのでした。

車列が行ってしまった後にも、息子は興奮冷めやらずといった感じで、ずっと話していました。
「アメリカ人かな?違うのかな?」
「同じ車(日本の自衛隊の車)に乗っていたね。」
「仲良しだね。」
と、楽しそうにしばらく家族にも同じ話を何度もしていました。

私自身の感動しました。
これはよく報道されていた、お友達作戦だったのでしょうか?
それとも、アメリカとは全然違う外国の兵士の方だったのでしょうか?

Joan GreenmanによるPixabayからの画像

日本が震災にあって諸外国の支援の手を目の前で見ることは、中々ありませんでしたが、それを目の前で見れたこと、そして、話せたことはとても貴重だと思います。

ほんの一瞬のふれあいの一幕だと思いますが、とても心が温かく、感動した一瞬でした。

自衛隊の方が手を振ってくれたので、もう一つ印象に残っているのはヘリコプター。

地震が起きた直後から、自衛隊のヘリコプターが毎日降り立って、たくさんの方を救助していました。
そのヘリコプターを見送りながら、何故か涙が止まらなかったことがありました。
飛び立っていくヘリコプターにずっと手を振っていました。

見えなくなるまで、ヘリコプターの隊員さんが敬礼で答えてくれました。


三角 
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※画像はイメージです。

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