わずか7台のエンジンを作り終戦を迎えた信夫山・地下工場

行政・交通の中心部として栄えている福島市、その福島駅近くには「信夫山」という小さな山があります。
信夫山には、防空壕、そしてたった7台のエンジンを作って終戦を迎えた軍需工場がありました。

今では心霊スポットとなり事故が起こったことから、防空壕はコンクリートで固められて入れなくなっています。

信夫山は、福島市にある小さな山。
春には桜が咲き、多くの市民がお花見をしに集まります。
そんな信夫山は戦時中、防空壕として、そして軍需工場として使われていました。

軍需工場となるまで

太平洋戦争当時にかつて群馬県にあった、中島飛行機武蔵野製作所では、主にエンジンを作り最重要軍需拠点でした。

もちろん空襲で狙われないことはありません。
昭和19年から終戦まで十数回の爆撃に襲われ死者は200人以上、負傷者は500人以上と言われています。
廃墟と化した工場は、その疎開先として福島県福島市、この信夫山西部に地下工場を作りました。

疎開後

疎開後、福島には「模擬原爆」がおとされました。
実際に落とされたのは、現在の渡利地区。

これは後に解ったことで、広島・長崎に落とされた原爆の「模擬爆弾」だったということが明らかになりました。

実際の被害は少年が一人無くなり怪我をしたのは女性一人ですが、本当は信夫山地下工場を狙って落としたものでした。

地下工場としての役目

中島飛行機武蔵野製作所の疎開先として使われた、信夫山。

計画では5000坪の地下工場となるはずでした。
そのために、勤労動員された周辺の学生や多くの朝鮮人が連れてこられたといいますが果たして・・・?

1945年の3月から地下工場の建設と並行して行われたエンジンの作成。
結局7台ができあがったところで、1945年8月に終戦を迎えました。

信夫山のその後

現在は、市民の憩いの場として使用されてる信夫山ですが、戦後にも痛ましい事件が起こりました。
戦後、坑道内の穴に学生が落ちてしまうという事故が起こり、そのため今では坑道への入り口はコンクリートで封鎖されています。

その為か地元民の中では「心霊スポット」として有名になっています。

暗い夜に訪れる人も多く、信夫山のあちこちに「危険」と書かれたものや、「あぶない」と子供向けに書かれた立札も見られます。

戦時中の雰囲気を感じさせない一面も

信夫山は「となりのトトロ」の主題歌、「さんぽ」の歌詞のモチーフとなったことでも知られています。

さんぽの作詞家「中川李枝子」氏は、小さいときに福島県を流れる阿武隈川や、この信夫山を歩き回って育ったといいます。
そのころの経験をもとにしてかかれたのが「さんぽ」でした。

かつては地下工場、転落事故が起きましたが、今では市民に愛される憩いの場として利用されています。
現在信夫山に訪れる市民や観光客の中で、ここがかつて地下工場だったことを知る人は多くないでしょう。


Writing by はるねえ
こんにちは、はるねえです。
廃墟や戦争遺構が好きです。
最近引っ越したので、引っ越し先の県の廃墟旅をしたいと思っています。

※写真はイメージです。

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