2022年2月24日に始まったウクライナ戦争は、近年稀に見る大国の正規軍同士の戦闘と言う側面もあり、様々な角度・視点からその趨勢が注目されているが、開戦から3ケ月以上が経過した今も収束する気配はない。
個々の兵器と言う観点で見れば、個人携行式の対戦車兵器・FGM-148 ジャベリンや、トルコ製の無人航空機・バイラクタルTB2、地対艦巡行ミサイルのR-360ネプチューンなどの有用性が大きく報じられた事も記憶に新しい。
但し個人的にはこうしたウクライナ軍の戦果の中でも特に注目したいのは、これまでに累計で10名ものロシア軍の将軍が落命している点であり、その多くが居場所を特定されての狙撃によるものとされている部分だ。
この21世紀の戦争でこのように対象の人物をピンポイントで狙撃する事が成功するとは、ウクライナ戦争が生起した時点では考えも及ばず、未だスナイパーが戦争でも活躍する事があるのかと衝撃を受けた。
今回はこうしたウクライナ戦争での現実を背景に、今一度スナイパーと言う存在について、これまでの歴史や経緯を振り返ってみたいと思う。
スナイパーの起こり
スナイパーといる英語の綴りは「sniper」であり、これは18世紀の末頃に狩猟における名手を指し示す言葉としてイギリスで一般的用いらるようになった事が、その名称の起こりと見做されている。
「snipe」は南北アメリカ大陸、ユーラシア大陸、アフリカ大陸等に広く分布する渡り鳥のタシギの事で日本にも訪れるが、身は美味だが習性上から猟銃での狩猟が難しく、その技量を持った猟師をスナイパーと呼んでいた。
これが転じて1914年に発生した第一次世界大戦において、新聞等のマスメディアが軍隊の狙撃兵・狙撃手を指す言葉としてスナイパーと表記した事から広まり、今日に続くスナイパーの語源となっている。
初の世界大戦であり国家総力戦となった第一次世界大戦において、通常の歩兵と異なり長距離の精密射撃を行うスナイパーが専門の役割として軍隊の中に設置された訳だが、闇雲に敵を狙撃するものではない。
スナイパーに課せられた役割は投入された戦場によっても異なるが、敵のスナイパー、対戦車兵器運用者、機関銃運用者、指揮官などその場での必要性に応じてその排除を担当する事が主となる。
敵側の脅威度の高い兵器運用者を排除する事で総じて味方の部隊の優位性を高める事がスナイパーの軍隊での任務だと言えるが、指揮官の狙撃は敵の指揮命令系統の破壊と言う戦略的な意味合いも大きい。
多岐にわたるスナイパーライフルの種類
スナイパーと言う役割が第一次世界大戦で定着した時点では、その当時の歩兵の主力小銃は各国ともボルトアクション方式だった事もあり、当然スナイパーが使用する銃器もそれに準じたものであった。
以後例えばアメリカ軍であれば第二次世界大戦時には半自動方式のM1ガーランドを正式小銃とした事から、それをベースとしたスナイパーライフルも登場し、ボルトアクション方式と併用されて行く。
軍隊で使用される主力小銃が半自動・全自動切り替え式のアサルトライフル全盛となった現在でも、造りが簡素で堅牢、命中精度に優れるボルトアクション方式の狙撃銃は残存しており、レミントン・アームズ社製のM24 SWSは著名だ。
このM24 SWSは1988年にアメリカ陸軍に採用された7.62x51mm NATO弾を使用するスナイパーライフルであり、日本の陸上自衛隊でも採用されるなど、世界中の軍隊に留まらず法執行機関でも多数で使用されている。
アメリカ軍ではM-16シリーズのベースである7.62x51mm NATO弾を使用するAR-10、そのスナイパーライフル版である半自動式のナイツアーマメント社製のSR-25も採用しており、2001年以後の中東地域の戦いにも投入されている。
アクション物のTVドラマや映画等では、アメリカ軍も採用しているバレット・ファイアーアームズ社製の大口径アンチ・マテリアル・ライフル、バレットM82の活躍を目にする機会も多いように感じられる。
バレットM82は50口径の12.7×9mmNATO弾を使用する、10発の箱型弾倉を備える半自動方式であり、比較的近年の1982年に開発が始められた後1990年以後にアメリカ海兵隊や陸軍に採用された事で知られる。
その12.7×9mmNATO弾と言う使用弾によってバレットM82は約2キロメートルと言う長射程と高い貫通力で評価を得た訳だが、驚くべきことにこの銃は趣味で長距離射撃を嗜んでいたロニー・バレットがその延長線上で開発したと言う。
因みにこの50口径の12.7×9mmNATO弾という強力な弾薬故に、話に尾ひれがついてハーグ陸戦協定で対人向けの使用が禁じられているなどの説明がなされる事があるが、全く根も葉もない主張である。
アメリカ軍等西側諸国の戦車を始めとした各種の車輛にこの50口径・12.7×9mmNATO弾を使用するM2重機関銃は長年採用されており、無論日本の自衛隊でも多数が使用されているごく普通の装備の重火器だ。
スナイパーの運用方法
スナイパーの運用方法として今日一般的なものは、スポッターと呼ばれる観測手との2人一組による連携行動となっている。これは軍隊や法執行機関等の組織においてはもはや常識であり、TVドラマや映画等でもおなじみだろう。
役割としては無論スナイパーが標的の狙撃の実行者であるが、スポッター(観測手)はその狙撃を確実なものとするため、適宜必要な情報の提供と指示をスナイパーに与える担当であり、自らも秀でた狙撃の技能を有する。
このため軍隊や法執行機関等の組織においてはスポッター(観測手)は、スナイパーよりも階級の上位者が担うケースが大半であり、如何に正確な判断を下せるかが狙撃の成否に直結すると言っても過言ではないだろう。
軍隊におけるスナイパーの運用はそもそもが戦闘行為に組み込まれている為、友軍の他の攻撃手段との様々な組み合わせがあり、これが基本だと言う定義を当て嵌める事はかなり困難だと思われる。
一方で法執行機関の場合にはそれらは投入されるケースと言うのは、概ね人質を取られた籠城事件が主になる為、軍隊以上に接近した一発必中の狙撃が求められると考えてよいだろう。
これら軍隊や法執行機関等に限らず犯罪行為においても狙撃は暗殺手法のひとつとして発生しうるが、1963年に遊説先のダラスでジョン・F・ケネディが落命したケースは世界で最も有名なもののひとつだろう。
このアメリカの現職大統領が白昼に暗殺されるという事件が与えた衝撃は大きく、未だ犯人とされたリー・ハーベイ・オズワルドの単独犯行説を否定する言説も絶えないが、状況証拠からは1人で行った線が濃厚だ。
軍隊におけるスナイパーの伝説
無数の銃弾が飛び交う戦場においても多くの流れ弾と異なり、確実に個別の目標を狙撃する事を任務としているスナイパーは敵軍からすれば憎悪の対象になり易く、其れ故に投降が認められないとの指摘も多い。
只こうした判断は謂わば暗黙の行為の結果であり、戦死国際法で定められた便衣兵(ゲリラ)等のようにスナイパーを捕虜として扱う必要が無いと公に認められた対象と言う訳ではない。
軍隊に実在したスナイパーとして世界一の称号を持つのは、フィンランド国防軍陸軍に所属しソ連軍と戦ったシモ・ヘイヘであり、実に542名にも及ぶ敵兵を斃した事が公的な記録として残されている。
シモ・ヘイヘは敵であるソ連兵と同じくモシン・ナガン小銃を使用したと言うが、光学式の照準器等は用いずに銃本体のそれのみで戦果を挙げ、狙撃以外にサブマシンガン等でも多くのソ連兵を斃した事でも知られる。
また近年では2003年に発生したイラク戦争に従軍、イラク軍やアルカイダ等の敵組織の兵を公式記録で160名斃したとされるアメリカ海軍ネービーシールズ所属のクリストファー・スコット・カイルも有名だ。
クリストファー・スコット・カイルの記した自伝は2014年公開のハリウッド映画「アメリカン・スナイパー」として映像化され、それまで「プライベート・ライアン」が持っていた戦争映画の全米興行収入1位の座を塗り替えた。
スナイパーと聞いて連想するのはあの主人公?
ここまでに軽くフィンランドのシモ・ヘイヘやアメリカのクリストファー・スコット・カイル等、実在したスナイパーの事績も紹介して見たが、スナイパーと聞けば多くの日本人が連想するのはやはりあの男ではないだろうか。
そう作者であるさいとう・たかお氏の死去後もさいとうプロダクションにて連載が続けられている作品・ゴルゴ13、その主人公であり世界中から依頼を受ける孤高のスナイパー、デューク・東郷である。
但し個人的には2022年4月に惜しまれながら最終回を迎えた「ゴールデンカムイ」、その敵役の一人で特異な人物が多数登場する中でも稀有な人物だったスナイパー・尾形百之助を推さずにはいられない。
実写映画化も決定した「ゴールデンカムイ」だが、残念な結果に終わる事もままあるこの展開に、エピソードのどの部分にフォーカスするのかが非常に気になっているが、尾形百之助の出番だけは外せないと思っている。
featured image:Tech. Sgt. Bonnie A. White (USAF), Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由
※画像はイメージです。
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