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日本神話に予言されていた宇宙開発

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先日、八雲立つ出雲を再訪した。
日本でオカルトを語るなら、日本神話は根底にあるべきで、その聖地たる出雲の地は踏んでおかねばならない。

端的に言うと、ピーチのセールで関西行きが、最低運賃1,125円で売られていた。調子に乗って買ったところ、5泊6日になったので、移動時間が更にかかる出雲が選択肢に上がっただけの事である。
だが、こういうのを「呼び寄せられた」と言っておけばそれっぽくなる。

長大な移動の中で、1つの仮説に辿り着いた。
すなわち、日本神話は、過去の話であると同時に、未来を表しているのではないか、という事である。

目次

旅程

イメージを共有して貰う為、先に行程を説明しておこう。
関西空港から神戸に移動した翌日、長距離バスで米子、JRで松江に辿り着き、松江城にほど近い「松江シティホテル」を拠点とした。
翌日に出雲大社と島根県立古代出雲歴史博物館、その次に八雲の先、出雲の一之宮のもう一角である熊野大社、更に出雲大社に再来して稲佐の浜を見た。

移動には「縁結びパーフェクトチケット」が3日間、私鉄とバスに乗り放題&各種施設の割引付きで4,000円で、大変重宝した。但し、9月で終了なので利用を考えている人はお早めに。
他に旅行情報としては、蕎麦はさほどでもなかったが、しじみ汁は本物感がある。山陰は、伝説のコンビニ「ポプラ」がローソンを浸食しているので、利用してみるのも一興である。ご飯大盛りまで無料で増やせる。

出雲国の一の宮

改めて出雲の地に来ると、山の豊かさに気付かされる。
人が作り直した杉林ではなく、広葉樹に覆われた山が街並みとシームレスに表れる。

出雲国の一の宮の一角、出雲大社は、神在月に各地の神が集まる場所として知られ、祭神は大国主命である。
だが、最も奥、本殿の真裏にひっそりと、しかし圧倒的な存在感で祀られているのは、舅の素戔嗚尊である。
流石は「お前のような馬の骨に、大事な娘はやれん」の元祖、婿いびりは継続中のようだ。

出雲の一宮のもう一角、熊野大社は素戔嗚尊を祭神として祀る神社である。
路線バスとコミュニティバスを乗り継ぎ、更に山近い場所へ進むと、案外俗っぽく開けた場所に出る。
熊野大社と周辺施設である。

観光施設と広い駐車場もあるが、熊野大社の背後には山が広がる。むしろ半分山である。山が本来の信仰対象であるという、神社の構造が肌で感じられる。
摂社として左右を固めるのが、妻の稲田神社と、母の伊邪那美神社であるのは順当である。
黄泉にいる母に会いたいがあまり泣き喚いた素戔嗚尊を思えば、一緒に過ごせている様子は微笑ましい。
「古事記」においては、母とも言い難い関係性だが、「穢れを洗い流した時に生まれた」という表現に、一端の暗喩が含まれる可能性はある。

天岩戸を誰が開いたか

出雲が何故に聖地であるか、と言えば、地上を任された素戔嗚尊が、八岐大蛇を退治した後に、奇稲田姫と国を作った場所だからである。

他にも幾つかの神話が絡むが、本質はここにあるだろう。
素戔嗚尊が地上に降りるのは、運命的なものであったろうが、直接の原因になったのは天岩戸の事件による引責だ。素戔嗚尊の乱暴狼藉により、天照大神が怒り恐れ、天岩戸に引き籠もった事で、世界が暗くなってしまう。

これを呼び戻すため、宴会が執り行われ、天鈿女命が踊ったり脱いだりして更に盛り上げた。
気になって僅かに天照大神が覗いたところ、その隙間を見逃さず、剛力の天之手力男神がこじ開けて事なきを得た。

これは、日食の比喩と解釈されやすいが、その場合違和感がある。
天之手力男神の存在が、である。

神話の予言性

天之手力男神に何故違和感があるか?

天鈿女命までは分かる。
彼女の踊り脱いだ働きは、重要ではあるがあくまで天照大神の行動を促しただけだ。
だが、天之手力男神は、明確に力で天照大神を連れ出している。

日食の終了に、人間が関与出来たというのか?
それはあり得ない。

人間は太陽に辿り着いてはいない。
最低限、宇宙に対するアプローチでさえ、スプートニク1号を待たねばならない。
それまでは見上げる事しか出来なかった筈だ。

ここで、仮説が生まれる。
この神話は、過去の話をしているのではなく、未来の予言だったのではないか、という事である。
神話が過去を語りながら、未来にも言及している例は、北欧神話で良く知られる。キリスト教なら黙示録があり、仏教なら未来仏である弥勒菩薩が分かりやすい。

では、予言で語られる、天岩戸に隠れた現代の天照大神とは何だろうか。

太陽を隠した天岩戸

現代の天照大神。
これは、原子力とその研究と考えるのが妥当だろう。

核エネルギーは、初めて人間が手にした太陽のエネルギーそのものだ。
比喩と直喩があるなら、直喩の方が先に選ばれるだろう。

次に「天岩戸」。
これは、放射能の危険性が認知された時代そのものを意味する。
今まで、カジュアルに大気圏爆発させて湖を作ったり、ウラン付きの知育玩具が売られたり、スナック感覚で臨界を楽しんでいたものが、絶対使ってはならないかのように扱われてしまったのだ。
岩戸に閉ざされたといって過言ではない。

なんたる悲劇!

原子力研究者は、暗闇に落とされた気分だったろう。
マンハッタン計画の現在も非開示の資料によれば、デーモンコア実験の禁止が通達された日、研究者達が最寄りのバーガーキングでハンバーガーをマイナスドライバーでパカパカやって嘆いたという話が、あるとかないとか。

原子核は世界を照らす技術の筈だ。
哀れな原子力研究者達は、カジュアルに原子力が使えるようロビー活動という宴会をしただろう。
だが、重たい天岩戸は動かない。
そんな時、一筋の光明が訪れた。

射した光明

ソ連の核兵器開発成功による、核抑止力構想の発生と、冷戦の先鋭化である。
相手の攻撃を思いとどまらせるだけの、致命的な核兵器が必要だ。

当然、核開発の予算は増える。
原子力研究者達は再び見えた光に歓喜したろう。
だが、このか細い光は、いつ消えるか分からない。

何しろ核兵器は兵器として不完全と言わざるを得ない。
原理がどんなに斬新だろうと、結局のところ核兵器は威力の大きな爆弾だ。
世界で唯一核を持っていた時、アメリカは反撃の恐れがないにも関わらず、ソ連を核攻撃で滅ぼしていない。
しなかったのではない。
制空権がないため、出来なかったのだ。

兵器には、それを目標に対して適切に使用するというプロセスが絶対に必要である。
単に威力が大きいだけでは意味がない。目標に辿り着いて初めて、兵器は兵器たりえるのだ。
時に創作で、威力が大きいだけの「最終兵器」が出て来るが、選択的に敵を攻撃するのでなければ、ハッタリか自爆ボタンでしかない。

核を目標まで送る技術。
これがなければ、核は無用の長物、ウドの大木だ。もちろん天野君はいない。
そこに、再び天の光が射した。
宇宙開発である。

天之手力男神あらわる

ソ連のスプートニクを端緒として、宇宙開発競争が始まった。

人間は愚行はするが愚かではない。
ガリレオ・ガリレイの頃から、宇宙を宇宙と認識し、観察を続けていたのだ。行けそうな場所に、益になるようなものが何もない事など分かっている。
目標は宇宙ではない。
ミサイルだ。

宇宙がミサイルの隠語であるのは、言うまでも無い。
宇宙開発はミサイル開発であり、宇宙基地はミサイル基地だ。他にも、ミサイル兄弟、ミサイル皇子、俺の胃袋はミサイルだ、と、このように置き換えても何の違和感もない。
日本でもごく身近に、宇宙開発に熱心な国家があるだろう。
夢のために予算が下りる訳がないのだ。

こうしてミサイル開発は激化していき、ついに最後の一押しがあった。
アポロ11号の月面着陸である。

そして、そこに乗っていたのは、「ニール・アームストロング」。
アーム=腕(手)
ストロング=力

天之手力男神が表すものは、すなわち彼だったのだ。

光溢れる世界へ

月面着陸は、複数回のミッションの後、予定を繰り上げて終了していった。
当然だ。
岩戸は十分開かれた。
既に天照大神は空に、地上に、海の中に、隅々まで照らし尽くせるほど配備された。

ただ待っていただけでは、これほどの輝かしい成果はなかったろう。
人間の不断の努力による成果だ。
天之手力男神は、その最後の一押しに過ぎない。
だが、厳然たる人間の意思の表れなのである。
岩戸は人間によって、開かれた。

神話が予言であるなら、この後に待ち受けるのは、楽園の追放と、八岐大蛇との戦いである。
それが何なのか、それとも、既に起きている事なのかは、後の歴史か語るところだろう。

※画像はイメージです。

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