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自衛隊の方々に日々感謝

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東日本大震災を経験して、改めて自衛隊の方々の日々の仕事や訓練に感謝しました。
みんなが暗い顔の中、子供達に笑顔で接した自衛官、雪の降る中、動物を助けて抱き締めてくれた自衛官。ふとした優しさは、日頃の厳しい訓練と自制心は賜物だと思います。

目次

叔父さんの場合

中学卒業で自衛隊に入隊した叔父さんですが、生活態度に問題があり、上司を殴って北海道に飛ばされました。
北海道での生活は雪に囲まれて居たので、雪上訓練でスキーを楽しみ、雪まつりで雪像を作り、狐を見つけてはルールーとどこかのドラマの様なことをしていたそうです。

子供の頃の私は、そんな話を聞いて面白そうと思いました。興味を持つと徹底的に調べたくなる性分だったので、艦隊や武器、ヘリまで調べました。
そのうち、あちこちの自衛隊イベントに行くようになり、息子と一緒に自衛隊ファンになっていました。

東日本大震災を経験して

あの日、自宅にいた私は何が起こったのかすぐには理解できませんでした。しかし、子供の頃から宮城県沖の話や地震が来たら洪水が来ると聞いて育ったので、真っ先に2階に避難しました。

幸い自宅周辺まで洪水が来ることはありませんでしたが、あの時の海の方向の不気味な空の色は忘れられません。
メディアからの情報が止まる中、いくつもの自衛隊のヘリが海側へ向かって行くのが見えました。その後、メディアが復活し叔父さんとも連絡が出来る状態になると、どれ程の被害をもたらしたか、その中で自衛隊の方々がどの様な活動をしたか知ることが出来ました。

叔父さんの仲間も何人か亡くなったそうです。その中でも、叔父さん達退役自衛官はそれぞれ独自に活動したそうです。現役の自衛官の方々の中にも、身内を亡くされた方々がいます。

それでも真っ先に駆け付けて、災害対策をしてくれた自衛官の方々には頭が下がります。

私と息子が知り合いを探して、海側へ向かったときも、ただひたすらに生存者の救助活動をされていました。雪の降る残骸の散らばる中を1歩1歩と歩くその姿を、私と息子は見ていることしか出来ませんでした。

自衛隊の在り方

今、自衛隊に関して色々言われていますが、震災を経験した人達の中では、あの時の自衛隊が本来の自衛隊だったように思います。
警察も消防も必死でしたが、あのような災害の中、自衛隊の装備がどれ程充実していたか。

自衛隊の日頃の訓練が、あらゆるものを想定して行われていることが、どれ程重要だったかと思い知らされます。
普段は怖くて近寄りがたい叔父さんですが、このときばかりは誇りに思えました。

 

仙台市在住
ミリタリー大好きで、叔父が自衛隊にいたので身近な存在です。
訓練飛行や自衛隊のイベントにはよくお邪魔しています。

※写真はイメージです。

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