第二次世界大戦のドイツ海軍を率いた2人の総司令官

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第二次世界大戦でドイツ海軍の総司令官を務めたのはエーリッヒ・レーダーとカール・デーニッツです。
この2人はいかにドイツ海軍を率いたのか?

目次

エーリッヒ・レーダーで迎えた開戦

1939年の第二次世界大戦勃発の際にドイツ海軍はエーリッヒ・レーダー元帥が海軍総司令官でした。
レーダーは第1次世界大戦では偵察艦隊(巡洋艦部隊)の参謀としてユトランド海戦などを戦い大戦後は新たなドイツ海軍の再建をすべく働きヒトラーが政権を持ち再軍備宣言を発すると戦艦10隻・空母4隻など艦艇多数を建造する大規模な艦隊を整備するZ計画を立てて実行に移した。

しかし計画は第二次世界大戦の勃発で中断する事となり、少ない戦力で海軍大国であるイギリスと戦う事になった。1939年の時点で戦艦は「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」だけで空母は無かった。とてもイギリス海軍と正面から海戦を挑める戦力では無くレーダーは開戦前にポケット戦艦と呼ばれた「ドイッチュラント」級装甲艦3隻や戦艦「ビスマルク」と「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」を通商破壊作戦でイギリスに対抗する事となった。

レーダーが辞任してデーニッツが総司令官に

開戦後のレーダーが戦う相手はイギリスなど連合国のみならず、陸軍や空軍・親衛隊の他の軍組織やゲッベルス宣伝大臣などナチス閣僚とも政治で争う事となる。この争いに潜水艦隊司令長官のカール・デーニッツも加わった。
第一次世界大戦でUボート艦長として戦い、戦後のドイツはUボート保有がベルサイユ条約で認められずデーニッツは水上艦艇の配属となったがヒトラー政権で再建した潜水艦部隊へ復帰し第二次世界大戦開戦後に潜水艦隊司令長官となった。

戦艦も投入した通商破壊作戦は「ビスマルク」や「グラーフ・シュペー」が撃沈されてしまう結果になった。対して潜水艦(Uボート)は大西洋で連合国軍の輸送船団撃沈に活躍し戦果を挙げ続けた。
水上艦艇の不振ぶりにヒトラーは不満を持ち水上艦艇の廃艦を命じた。レーダーは絶望して辞任してしまう。後任に選ばれたのがデーニッツであった。

ドイツ海軍とドイツ帝国の幕を下ろしたデーニッツ

1943年1月にデーニッツは海軍総司令官に就任した。しかしドイツの戦局は劣勢になりUボートは連合国軍の技術と戦力が強化された事で以前の様な活躍が出来なくなりつつあった。
1945年4月末にヒトラーは自決する前に後継者としてデーニッツを指名した。デーニッツはドイツ大統領となると東部戦線から将兵と民間人を西へ避難させつつ連合国との降伏交渉を行う。

5月7日にドイツは降伏し外洋に出ていたUボートは自沈するか連合国軍に降伏しヒトラー政権のドイツ海軍は幕を閉じた。
デーニッツは連合国軍に逮捕されニュルンベルク裁判で戦犯として裁かれ10年の禁固刑となり、レーダーも戦犯として裁かれ終身刑となったが健康悪化でにより数年の服役で釈放された。
ヒトラーの海軍を率いた2人の総司令官は敵国と戦うのみならず政治権力で争い失脚と敗戦によりその座を追われ戦犯として裁かれてしまったのです。

featured image:Unknown Kaiserliche Marine serviceman, Public domain, via Wikimedia Commons

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