これは父が若い頃、登山仲間に聞いた話です。
山を知る男達
1960年代、巷は登山ブーム。
父も御多分に洩れず山に魅了され、多くの同好の士と出会いました。
その中の2人組が、不思議な体験を語ってくれたのです。
ある日キャンプに出かけた2人、手慣れたものですぐに野営に向く場所を見つけ、テントを張りました。
そんな中、夜も更けた頃に妙な音が聞こえてきたのです。
ある筈のない出来事
熟練した山男にとっては、様々な物音も慣れっこでした。
夜の山は、都会では想像もできない様な、妙なものも聞こえてきます。けれどもそこは「幽霊の正体見たり枯れ尾花」。
奇妙な音の原因も殆どは単なる風の共鳴、なんら怖がるものではありません。
しかしこの時ばかりはどうにも勝手が違いました。
こんな山中で聞こえる筈の無い、しかし得体の知れないというわけでもなく、むしろよく知っている音が聞こえて来たのです。
それは軍靴の響き、大勢の兵士が行進する音でした。
当時は戦後から20年足らず。2人にとっては戦時中の暗い記憶として刻み込まれており、他のものと聞き間違えるわけもありません。
耳をそばだてている間に、かなりの人数であろう足音が近付いて来ました。
取り敢えず状況を確かめなければ。2人は懐中電灯を手にテントを飛び出し、周囲を照らし出しました。
野営地は拓けていて、見晴らしの良い場所なのです。
それなのに、音のする方をどんなに照らしても、人の姿はひとりとして見えませんでした。
去っていくもの
呆気にとられる2人の耳にまた別の音が飛び込んで来ます。
軍靴を響かせつつも誰の姿も見えないその方向から聞こえたのは、軍歌。
大勢の、しかし誰のものとも分からないで大きな声で、軍と戦争を讃える歌声が響いて来たのです。
重い靴を響かせ滔々と歌う、しかし一切目に見えない音の塊。
それが野営地を横切って行くのを、2人はただただ見送るだけでした。
※写真はイメージです。
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