ベトナム戦争は苛烈を極めていた。
ある日の夜、息を殺してアメリカ軍を待ち構えていたベトコンは、奇妙な声を聞いた。
「友よ、私のように死んで手遅れになる前に家にかえるのだ!」
さまよう魂作戦(Operation Wandering Soul)
激化していくベトナム戦争。
最新兵器と圧倒的な戦力を誇るアメリカは、すぐに制圧できると誰もが信じていた。
しかし、ゲリラ戦士たちの巧妙な罠と、不意打ちの反撃。森や密林の奥深くから襲いかかる見えざる脅威に、アメリカ軍は次第に翻弄されていく。
戦火のさなか、アメリカ軍はあらゆる手段を模索していた。心理戦の一環として考案されたのが、『さまよえる魂作戦(Operation Wandering Soul)』である。
ベトナムでは、人が亡くなると丁寧な葬儀を行い、故郷の土に埋葬することが何より重要だと信じられていた。そうしなければ、魂は苦悩と悲しみに囚われ、あてもなくさまよってしまうからだ。
だが戦争の最中では、すべての死者にこうした儀式を施すことは到底不可能であった。
そういったベトナム人の宗教観を逆手にとり、戦死した仲間の霊が呼びかけている音声を流せば、兵士たちの士気は低下するではないか。
恐怖に駆られて脱走や投降者を増やし、精神的にも追い込めるのではないかと考えた。
オバケの心理戦
このアイディアは実行に移され、より真実味をもたせるためにアメリカを支援している南ベトナムの兵士を動員し、「ゴーストテープ」が制作された。
殺されるベトコンの叫び声、子供がお父さんに返ってきて欲しいと懇願、死んだ兵士が仲間に同じ運命を辿らないように訴えかける・・・の他にも、葬式の時にかける定番の音楽や不気味交換。
それらをリミックスして「ゴーストテープ」は完成した。
「ゴーストテープ」はyoutubeでも視聴でき、「ゴーストテープNO.10」というタイトルから、いくつかのヴァージョンが存在したのだろう。
完成した「ゴーストテープ」は、スピーカーを搭載したヘリコプターや船から夜ごとに流され、ベトコンたちに一息の休みも与えなかった。
陣地や潜んでいるとみられる森の奥まで、死者の呻きが容赦なく響き渡った。
効果と所見
効果は限定的、むしろ芳しいものではなかったようだ。
ベトコンといえども馬鹿ではない、むしろ狡猾にアメリカを追い詰めてしまう猛者だ。
一度、youtubeで聞いてもらえば一目瞭然だが、どう聞いても作り物臭くてバレバレだ。そこにバリエーションがあっても無限ではないので、同じものを何度か聞かされる。
結果として音の方向にはアメリカ軍がいる訳だから、ベトコンに攻撃のチャンスを与えてしまう。
『さまよえる魂作戦(Operation Wandering Soul)』は1970年代には中止される。
どうみても作戦は失敗なのだが、企画した陸軍のチームは成功したと主張するのだった。
この作戦は効果的な心理作戦であったとは思えない。
確かに真っ暗な夜の森で聞こえてくれば恐ろしく感じない事もないが、冷静になるとZ級映画のようなテイストで笑えてしまう。
個人的に思うのは真面目に作ったのだが、西洋人と東洋人の恐ろしく思えるポイントの差が理解できてないからだと思う。例をパッとはおもいつかないが、アメリカ人が怖いものを見て、怖いと思わない事が多い・・・つまり、そういう事なのだ。
それにしても、罰当たりな心理作戦であるが、アメリカ人にとってのベトナム戦争とは、誇らしい勝利の物語ではなく、戦場は泥沼そのもので、兵士も国民も次第に追い詰められていく。
戦争としても転換期で新兵器の実験場の側面もあり、成功、失敗はともかく、アメリカは「おかしな」作戦や兵器を投入していったのであった。

死者たちの警告
最後に『さまよえる魂作戦(Operation Wandering Soul)』を題材にしたドラマをお楽しみください。
ざわめきが小隊のあいだに広まった。
(なんだ、あの声は…?)
漆黒の闇に覆われたベトナムの森でAK-47自動小銃を構えていた北ベトナム兵士のひとりは、遠く闇の中から聞こえてくるベトナム語の声や音に耳をそばだてる。
彼は声を潜めて、隣にいる仲間の兵士に訊いた。
「あれは、誰の声だ!?」
「静かにしろ!まだ何か言ってくるぞ」
なおも森の奥からは、悲しげなベトナム語の声が語りかけてくる。その声は大きく、まるで森全体に響き渡らせるようだ。
「友よ、私のように死んではいけない…私はこの戦争で死んだのだ!」
やがて声に伴われるかのように、北ベトナムの兵士たちが聞き慣れた音楽も聞こえてきた。それは葬儀のとき、死者を弔うために演奏されるベトナム仏教の音楽であった。
葬儀の音楽には、死にゆく者の叫びや、呻き声のような音が混じっている。
死者を弔う音楽と呻き声はしだいに大きくなり、森全体に響かせるほどの音量となった。
また別の声が呼びかけてくる。
「お父さん!おうちに帰って来て!」
幼い女の子の叫び声だった。その声を耳にした兵士のひとりが、思わず声をあげる。
「あれは爆撃で死んだオレの娘かもしれない!」
「なんだって?」
「あれはきっと、戦争で死んだ奴らの声なんだよ!」
銃を構えていた北ベトナムの兵士たちは、うすうす感じていた「嫌な予感」を口にされて色めきたった。
戦争で死んだ者たちが亡霊となり、戦いを止めるよう訴えている…。
そうした困惑が広がる兵士たちを、小隊長が叱責する。
「馬鹿なことを言うんじゃない!我々はアメリカを相手に何年も戦争をしてきただろう、いまさら死んだ者が幽霊になって降伏を呼びかけるものか!」
北ベトナムの小隊は、少しだけ混乱状態に陥った。幾度となく最前線でアメリカ軍と戦ってきた小隊ではあったが、こんな出来事は初めてだ。敵兵ではなく、戦争で死んでいった幽霊たちを相手にするなど。
幽霊たちの呼びかけは、音楽にまじって絶え間なく木霊する。
「私は肉体を失ってしまった…私は死んでしまったんだ。友人も、家族も死んだ。私は地獄から戻ってきた!貴方たちが私のようになる前に…」
小隊の兵士たちの脳裏を、戦闘で死んでいった仲間たち、道端で目にした死体の姿がよぎる。
(やっぱり死者たちは幽霊になって、戦争をやめるよう説得にきたのか…)
北ベトナムの小隊の全員が、半ばそう感じ始めた瞬間だった。
「友よ、私は●×△*●●××…ブツッ!」
死者たちの呼びかけは、葬送の音楽ともどもノイズにまみれ、唐突に消えた。
森は突然、静けさを取り戻した。
(……!?)
北ベトナムの兵士たちの間に、それまでと異なる困惑の感情が広がった。
なぜ死者たちの呼びかけは、急に聞こえなくなったのか。
沈黙を破ったのは、小隊長の隣にいた若い兵士だった。
「…小隊長、おかしいと思うことがあります」
「なんだ?」
「さっきから幽霊たちが叫んでいましたが、私には連中が大声を出して喋っているというより、われわれも使う拡声器で喋っているような、キンキンした金属っぽい音に聞こえたのですが?」
「…!」
そのとき、森の奥から大きく奇妙な音がした。
「ウィーん、キュルキュルキュルキュル!」
小隊長ほか、数名の兵士たち声と音の正体について勘付いた。以前に聞き覚えのある音だったからである。
「あのキュルキュルする音は、テープレコーダーを巻き戻す音だ!」
兵士たちが耳を澄ますと、かすかにヘリコプターが上空を旋回する音が聞こえてくる。あのヘリコプターの音は、アメリカ軍のものだ。
兵士のひとりが呟いた。
「そういえば、幽霊たちの声は森じゃなくて、空から降ってくるように聞こえなかったか?」
彼がそう呟いた瞬間、いきなり葬送の音楽と死者たちの呻き声、そして幽霊たちの呼びかける声が、ふたたび森全体に響き渡った。ただし、北ベトナムの兵士たちは何処から声や音が聞こえてくるのか、すでに理解していた。
「同志たちよ…私は死んで〇×△▲」
幽霊たちの声、それは上空を飛んでいるアメリカ軍のヘリコプターに取り付けられた拡声器から聞こえてくるのだ。
全てはアメリカ軍が仕掛けた罠だった。
「野郎!ふざけた真似しやがって!あのヘリを撃ち落とせ!!」
小隊長の命令を受けた兵士が対空砲へと走った。対空砲はただちにヘリコプターが飛んでいる方角に狙いを定め、砲弾を何発も発射した。
激しい反撃を受けたアメリカ軍のヘリコプターは、拡声器からテープを流したまま基地へと逃げ帰っていった。
「やれやれ、こんな真似をしてベトコンの奴らが騙せると思ったのかよ」
夜が明けるころ、基地へと帰ってきたアメリカ軍のヘリパイロットたちが呆れながら呟いた。
「ベトコンがオバケのテープなんか聞いてやる気をなくすと、何処のお偉いさんが思いついたんだ?」
そう言ったアメリカ軍兵士は、馬鹿馬鹿しい余りヘリコプターに備え付けられた拡声器を蹴り上げた。
※画像はイメージです。


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