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祖父と祖母の戦争体験

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この話はまだ私が小学生の頃に祖父と祖母からきいた話です。

目次

祖父から聞いた話

まずは祖父から聞いた話です。
祖父の実家は田舎だったので、赤紙が届くのが戦争末期だった様です。

赤紙が届いた日のことは祖父も覚えていた様で、まだ幼かった祖父も不安な気持ちでいっぱいでした。しかし、その日に玉音放送が流れ戦争が終わり、祖父の父は戦争に行くことがなくなったそうです。
祖父の実家は田舎でしたが、防空壕を掘ったり、家の壁を黒く塗ったりと田舎でも空襲に備えたとの事でした。食料は田舎でお米や畑があったのであまり困ったりはなかった様です。

祖母から聞いた話

つぎは祖母から聞いた話です。
祖母は祖父の実家より少し都会でした。
戦争も末期になると敵の戦闘機が低空飛行で民間人を無差別に攻撃してきたという話を聞きました。

祖母もまだその頃は学生でした。家に帰ろうと土手を歩いていた祖母はその低空飛行してくる戦闘機に出会した事があったそうで、低空飛行してくる戦闘機の中の人の顔が見えた。
楽しそうな顔をしていてとても怖かったと聞きました。逃げ惑う民間人を戦闘機で追い回したり、ピストルを打ってきたりしたそうです。
祖母は近くを歩いていたお爺さんに抱きかかえられ、土手の下に転がり一命をとりとめたそうです。

祖父の話はホッとしてまだ幼かった私はクスッと笑ってしまう話でしたが、祖母の話は幼い私がきいても恐ろしく祖母が今無事に生きていてくれて良かったと思いました。
人を変えてしまう戦争を、悲しみしか生まない戦争を、もう二度と繰り返してはいけない。
英霊の方々、犠牲になった沢山の民間人の方々が、作ってくれたこの平和を絶対に壊してはいけないと強く思いました。

※写真はイメージです。

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