太平洋戦争開戦時、アメリカの鉄材保有量は日本の100倍以上、石油貯蔵量に至っては700倍以上に及んだそうです。
漫画家の水木しげる曰く、
「アメリカが桁違いの国である事は、戦前の子供でも知っていた。」
「少しはマシな条件下で和平を結べれるだろう、位には思っていただろうけれど。」
「アメリカを倒せるなんて、誰も信じていなかっただろう」
当時、人気を博したSF作家の海野十三は、戦争の趨勢を予見していました。
南方への快進撃を進める日本軍は、やがて海戦で敗北を喫し、その後は物量に押されて飛行場を奪われてしまう。
本土の大都市は連日連夜、大型機の空襲を受け、政府は偽情報を流して国民の目を反らさせるようになる、と。
今回は、私がこれまで見聞きした戦中エピソードの中でも、日米の国力差を感じさせられたものを選んでみました。
高精度にしてスピーディな生産力
これは私が直接聞いた話ではなく、以前読んだ本に載っていたものです。
高名なバーテンダーへのインタビューを集めた物なのですが、それが手元にないので、参考元を明示出来ません。
しかし、戦史関係の本でも無いため、ミリタリーファンの目に触れる機会も少なそうなので、ここで取り上げてさせて頂きました。
その方の名前は、A氏としておきます。
A氏は戦前に尋常小学校を卒業し、旋盤工見習として航空機エンジンの工場に就職しました。
日本が戦争に突入し空襲が始まるようになったある日、近くで撃墜したB29のエンジンが運び込まれて来たのです。
そこにはピストンのシリンダーを通す穴が10個開いていました。
日本では穴を開ける際、ひとつひとつ行います。その為、どうしても位置がずれてしまうのです。
ところがB29のエンジンには、きっちりした等間隔で並んでいました。
つまりアメリカは、日本ではひとつずつしか開けられない穴を、10個同時に出来る技術を持っていたのです。
A氏はそれに気付いた瞬間、子供心にも悟りました。
「日本は戦争に負ける」
国力差とはこういう事か※
私が大学生の頃、サバゲー好きの友人から教わった話。
日本軍が南方で快進撃を続けていた頃、とある部隊が基地のひとつを陥落させました。
内部を調べていると、出て来たのは沢山の動画フィルム。
「これは収穫だ。軍事機密が入ってるんだろうな」
占領部隊の将校達は、期待に胸を踊らせながら映写機を回しました。
ところがスクリーンに映しだされたのは、可愛らしいディズニーアニメ。
隊長の身体に震えが走りました。
「この戦争、我々の負けだ」
誰も手を出せない
知人のお婆さんから聞いた話です。
その方は戦時中、奈良の山村に住んでいました。
山々に爆撃は無く、そのため隣接地でありながらうって変わった大都市である大阪から、疎開してくる人が大勢いたそうです。
その結果、硫黄島から来たB29が大阪を破壊しに行くのを、地元民も疎開者も歯ぎしりしながら見送る事になりました。
しばらくすると、今度は大阪を火の海にした編隊が再び頭の上を横切るのを見送る羽目に。
その様子は遊覧飛行さながら、実にのんびりしたものだったとか。
また、その方の旦那さんは足を悪くしていて徴兵される事はありませんでしたが、隣近所からは国賊として罵倒され続けたそうです。
弔いに国境なし
私の父が友人から聞いた話。
ある日、近所にB29が墜落して来ました。皆で恐る恐る近付いてみると、乗員は全員死んでいます。
「仏様に敵も味方も無い」
隣近所の人達で機体から引き摺り出して、掘った穴に埋葬する事にしました。
ところが戦後、この話を親戚に宛てた手紙に書いてしまい、GHQに追及を受ける羽目になりました。
当時の郵便物は、全てGHQの検閲下に置かれていたのです。
「おい、この話は本当か? 我が軍の行方不明者かも知れない。案内しろ」
穴を掘り返すと朽ちた死体の中に、一緒に埋めた認識票が見つかりました。
行方不明者の死亡を確認出来た働きとして、GHQからは礼状と報酬を渡されたのだそうです。
戦う事を夢想するのも馬鹿らしくなる程の力の差を持つ相手。
それを知りながら命令を下す者、戦場へ赴く者。
ぞの心境、如何ばかりのものだったのでしょうか。
昭和40年代の大阪ミナミ生まれ。戦争体験者には何かと縁の深い生立ち。
「最近の子供は祖父母ですら戦後生まれだから、戦中談に馴染めないのがつくづく不幸だな」が口癖。
好きな戦争文学は、『西部戦線異常なし』『空のよもやま物語』『戦艦武蔵のさいご』。
戦争映画のトラウマ場面は、『Uボート』の壁からボルトが飛び出すシーン。
戦争映画の思い出は小学生の頃、父親にねだって『海ゆかば』を観に連れて行ってもらった事。
タイトルの後ろに「※」が付いたものは、文章は異なりますがミクシィや2chでも使った物を補足説明しています、ご了承下さい。
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